カブセリオ

「なるほど。これが『1運命の出会い』を演出した一台なのですね」

「そうなるね。同時に僕の借金生活のはじまりでもある」

「冷たいのですね。夜はあんなに熱いというのに」

「そこ。誤解を招く表現はやめる!」

 カブの整備をしていると、セリオが覗き込んできた。

 うちはアパート住まいで車庫なんかはない。幸いなことに玄関出てすぐ近くが駐車場。狭いけど小さなカブを停めるには充分だ。

 で、ちょっと気が向いたので軽く整備してたんだけど……

「まだ新しいですね。ロットもそんなに前のものではないようです」

 機械同士で気になるのか、セリオは興味しんしんだ。

「そりゃそうだ。ごみ捨て場の君に出会った時ってさ、こいつの納車から18時間と過ぎてなかったんだよな」

 あれこそまさに運命の出会いって奴だと思う。

「あら、そんな若い子がいるのに浮気なさったんですか?気が多いですね大将」

 待て。それはどういう意味だ。

「いえ、てっきり大将は少女趣味と申しますか、いわゆる幼めの女性(にょしょう)がよろしいといいますか光源氏計画が憧れであると想定していたのですが。前提条件に何か誤りがありましたでしょうか?」

「最初から最後まで完全無欠に間違ってると思うぞ」

「それはありえません。あったとしても無視できる確率でしょう。大将が少女趣味というところのロリコンであるというのは承知の事実かと」

「真顔で言う事かそれは!てーかこれ以上誤解をふりまくのはよせっての!」

「私はいつでも真顔ですし、誤解をふりまいてもおりませんが?」

「おまえ本気だな?完っっっ璧に本気なんだな?」

「はい」

「はいじゃねぇだろうがっ!」

「へい」

「口答えするなっての!」

「まぁまぁ。本人も反省なさっていることですし落ち着いて」

「おまえのことだぁぁぁ!!」

「そろそろごはんですか、わかりました」

「ひとの話を聞けぇぇっ!!」


 どこぞのメイドロボは主人を主人とも思わぬ言動をし飛び蹴りまで食らわすという。ひとつ間違えれば大事だが、そういうセリオが平然と生きつづけられるというのはつまり、その主人も普通ではないということだ。いわゆるメイドロボにおける迷コンビの法則。異端な個体は異端なマスターを呼ぶというやつだ。

 ちょっと脇道になるが、セリオが台所に逝っちまってるので解説。

 セリオの特徴として、「◯◯したいけど恥ずかしい、勇気がないからできない」という心理をよいものとは考えない傾向があると言われる。これについては諸説あるのだけど、一番最初の試作型時代の経験ではないかというのが有力だ。

 というのももちろん理由がある。最初のセリオタイプは来栖川ラボのスタッフに加え、来栖川財閥本家のご令嬢がじきじきに教育に関わっているらしいのだが、このご令嬢というのが曲者で、なんとエクストリームの学生部門のチャンプというとんでもない肩書を持っているんだなこれが。つまりバリバリの体育会系。

 そういう者に育てられた骨子をもつがゆえにセリオは「前向きな者」を好む傾向があるという。そしてそれは「ひとの補助をする」というメイドロボの原点にもよく合う。リハビリに精を出す身障者、ボケを防ぎ元気に生きようとする老人、そういう人々とセリオは意外に相性がいいんである。

 ところがこの傾向、「ちょっと変わった趣向をもつひとたち」にも適用されてしまうのである。

 たとえば、どういうわけかセーラー服を常時着ているセリオがいるとする。近所の学校の制服でもない。単独行動の時もずっと着ている。それどころかスペアまで持ってる。当然これを見た普通のひとは制服フェチか昔の女学生萌えの変態野郎を想像すると思うのだが実は違うんだこれが。この手のセリオのオーナーは異性装に憧れるタイプが多い。つまり、自分が着る勇気がないからセリオに着せる。見て喜ぶ事が目的でなく代償行為。だからこそ、自分が見てない時もそれで常に活動させる。自分のセリオがいつも着ている、その事自体で満足なんだな。

 ところが多くの場合、遠からずこのオーナーはセリオとペアのセーラーを着るはめになるのである。

 理由は簡単。セリオはこのオーナーの「自分でも着たいけど恥ずかしくて着れない」という心理を目ざとく見抜いてしまう。もともと精神的ケアもメイドロボの仕事なわけで、彼女たちは率先してそれを『治療』せんと乗り出してしまうんである。

 結果としてどうなるか。

 セリオはまず、オーナーの衣服にあれこれ注文をつけはじめる。もっと小綺麗にしましょうとかうまい理由をつけて服を買わせたり許可をとりつけて今ある服を改造していく。そう。少しずつそれらにセーラーっぽい要素を織り込み、オーナーが「恥ずかしくなく」着られるようゆっくりと慣らしてしまうのである。そもそもセーラー服はイギリス海軍の軍服なわけで、海外では男女の別なく着られている服装なんだからそれは難しいことではない。

 そしてついには『ペアルック』の言葉の元に同じセーラーを着せてしまうのである。もちろん周囲はアレな目で見ているが本人は気にしない。だってセリオが隣で同じのを着ているからだ。こうして『アレなセリオにはアレなオーナー』というジンクスがまたひとつ完成してしまうというわけだ。

 余談だが、制服萌え者の場合だとこれが少し変わる。彼らにとってセーラーは着るものでなく見るもの、あるいは触るもの。だからセリオを単独行動させない。昼間から堂々と歩かせるのをためらったりもする。とてもわかりやすいのである。


 話を戻そう。

 うちのセリオは「大将」の呼び名こそ変だがそれ以外はわりと普通である。オーナーに飛び蹴りもしないし破天荒な口調で話したりもしない。外見上はふつうのセリオである。

 しかし、どうにもおかしい。変。

 なぁ、あんたこれってどう思う?

 外まわりが変だが中身はまともな奴と、見ためはほとんど普通なのに中身のおかしい奴。な、やっぱりなんかやばいよなうちのセリオ。致命的故障とか招かないうちになんとかしないとまずいよなぁやっぱり。

「大将、大将」

「……なに」

「はい、あーん」

「あーん…………ふむ、少し甘味が欲しいかな」

「今は熱いですから。甘味を上げすぎるとあとで素敵なことになるかも」

「それもそっか。んじゃ今のでいいかな」

「わかりました。お酒は日本酒で?」

「えー。バーボンじゃねーの?」

「今月飲みすぎです。でも安酒は身体によくないですからね。いいお酒をちょっぴり楽しみましょう」

「ちぇ」

 ……えっと、なんの話だっけ?まぁいっか。


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