出会い - (変なセリオの話2) -

 うちのセリオはとにかく変だ。

 いわゆる汎用アンドロイド、俗にいうメイドロボというやつにはすべからく学習能力がある。もっとも初期の『黒い箱』ですらそうで、大昔のファジーだのニューロだのといった時代から、いわゆるハイテク家電には間違いなくこの種の能力がある。人間の利便性を求める心はついに、道具に思考力をつける時代になったのだ。

 だが、そういうのとは別の意味でうちのセリオは変である。思わず『(偽)』とか呼びたくなるがこれは別に有名なセリオがいるらしいのでやめておく。しかしやっぱり変なのだ。

 やっぱり、再生時に人格の一部も欠損しちまったのかな?

「お台所の神さま熱いのが行きますのでそこをおどきください」

 またか。台所で何やってるんだか。

「セリオ。何やってるの」

「あ、大将。もちろん流しの神さまにおことわりしてるんですよ。熱いの流すから」

「……なんでそんなこと知ってるんだ?」

 田舎の母もこれをやる。昔は家中のあちこちに神さまがいたのだ。実をいうと僕も昔やってた。セリオがくる前までは。

 しかし、メイドロボがどうしてそんな古い習慣を知ってる?

 それと、その『闘魂』と書かれたエプロンはなに?見たことないんだけど?

 この子はこれでも実に有能だ。捨てられようとセリオはセリオ。復活した彼女は実によく働いてくれる。ひとりぐらしの僕には願ってもない存在だ。

 どうにも妙ちくりんな行動パターンさえのぞけば、だが。


 セリオとの出会いは二年ほど前になる。

 僕はずっと一人暮しだった。家族とも遠く仕事を点々としていて、連れあいもいないし昔の友人との交流も絶えてひさしい。孤独のさびしさもだんだん慣れてしまった。かつてはたまに、例えようもなく寂しい夢を見て飛び起きる事もあったのだけど、今ではそんな事も慣れてしまった。悲しいことかもしれないけど、それは事実だった。

 そんなある日のことだった。

 あれは晴れた日だった。スクラップになったスクーターの代わりにスーパーカブを購入した。これなら大事に使えば20年は乗れるだろう。経済的感覚のみで買ったそのカブを駆って、慣らしがてらひさしぶりに東海道を走っていたんだ。静岡のとある店に、巨大な海老の乗った天丼定食を食べにいこうと。

 小さなカブで箱根を越えてはるばる行くというと驚くひともいるが、実は難しいことではない。もともとカブは第二次大戦後、高度成長前に設計された乗物で、町から町へ運ぶ荷役のために作られた実用車なのだ。確かにスピードも遅いしいまどきのオートバイのようにはいかないが、一世紀近くも似たような構造のバイクが実用車として売れつづけているというのはそういうことだ。使えない道具なら売れ続けるわけがないんだから。

 まぁ余談はいい。僕はそこで彼女に出会った。

 ふと入り込んだ町外れの解体屋。ジャンクの山から人型ロボットらしい足が見えていた。珍しいなと覗き込んだんだけど、

「!」

 あの瞬間は今も忘れられない。

 ぼろぼろに汚れたセリオだった。捨てられてそう長くはないと思うんだけど、悪戯をされたのか衣服ははぎとられていたし、乳房や局部は潰されていた。後から聞いた話だと乳房とかは倫理上好ましくないから『廃棄処分』の時は乳首を切り取るとか一定の処置が決められているらしいんだけど、そんなこと当時の僕は知らなかった。だからそれが無性に惨めに見えたんだ。おもちゃの人形のように打ち捨てられたさまが、哀れを通り越して僕は何もいえなくなってしまった。

 ひどい。

 だけどどうして。

 どうして高級機のセリオがこんなことに?


 解体屋のおやじに訊くとつまり、こういう事だった。

 このセリオのいた家は、一家惨殺という凄惨な事件の犠牲になったんだという。セリオもその時に破壊されてしまったんだという。警察が一度は押収したが記憶中枢もいかれており情報もとれず、来栖川にリサイクルで渡そうとしたが警察にはその権限がない。持ち主の一家は全滅していたし、来栖川でもさすがにそこまでの経験をしたセリオの引き取りを渋ったんだという。そりゃそうだ。リサイクルしたところで、一家惨殺なんて不吉な事件を経験したセリオの里親になってくれるひとがそうそういるとも思えない。そんな不安材料を抱えた個体を大変な思いをして再生するのもどうか。来栖川はあくまで企業なのだ。

 で、すったもんだして宙に浮いているのだという。本人はこうして雨ざらしのジャンクのまま。

 僕は悩んだ末に聞いた。僕が里親になってはダメですかと。

 どうしてそう思ったのか。同情なのか何かを感じたのか、僕自身にもわからない。今もってしてどうしてあんな行動に出たのか僕自身にも説明なんでできやしない。

 だいたい、車買うのに躊躇するような貧乏人の僕がセリオ買うなんてできるわけがない。たとえジャンクでも結構するはずだし。

 だけど、とてもじゃないけど放っておくなんてできなかったんだ。

 親父は驚いたが、しばらく話し合ったら真剣なんだとわかってくれた。そして来栖川の担当に連絡をつけてくれて、その日のうちに担当に会った。貧乏人であまりお金は出せないこと。だけどあのままなんてとても見ちゃいられないってこと。誰もひきとらないのなら僕に里親をさせてくれと必死に説得したんだ。

 担当は、しばらく待ってくださいと言った。

 それはそれで仕方ない。いきなり正体もわからぬ変な男が譲れといっても無理だろう。だから、いくらでも待ちますからせめて、解体屋で雨ざらしなんて残酷なことだけは今すぐやめてくださいと、親父と担当に言った。

 担当と親父は何か、感慨深げに僕をじっと見ていた。


 セリオを託していいでしょうか、と来栖川から連絡があったのは数日後のことだった。現地担当とは違う、技術者風の背広の男だった。

 そして、生まれ変わったセリオと再会した。

 再利用だというぴかぴかのメンテナンスベッドに眠るセリオは、あの惨状が信じられないほど美しかった。店頭に並んでいるほどの新品さはなかったけど、おそらく徹底的に修理が行われたのだろう。おかしなところなど微塵もなかった。

 涙が出た。

 まだ目覚めてもいないセリオの前にひざまづいた。男が見ていようといまいとかまわない。僕はすがりついて泣いた。よかったなこんなにきれいにして貰えて、よかったなぁと泣いた。

 男に促されて立ち上がり、そして説明を受けた。

 修理は全てされていた。全機能は正常、オールグリーン。記憶はやはりなかったけど、念のために完全リセットも行ったらしい。潜った経験が経験なので、どんな悪影響が残っているかもわからないから。しかし人格データ自体は記憶とは違うため削除しきれず、何かあったら相談してほしいとのことだった。

 驚いたことに、お金は信じられないほど安かった。ぽんこつ自動車しか買えないような金額だった。まぁそれでも分割になってしまったが、男はそれでもいいですよと笑ってくれた。特例ということでメンテ費用を大幅値引きするプランまで作ってくれていた。僕の年収も考慮してくれたのだろう。いくつかの新機能モニターなどに協力するかわりに消耗品とかは無料でもいいという。気味が悪いほどの親切さだった。

 真意を率直に聞いたら、貴方の熱意に本社のHM担当が動いたんですよと言われた。しかし商売にならないのではと聞いてみたら、ひとの似姿、ひとに似た心もつものを商売にするとはそういう事なのですよ、と、営業らしからぬ優しい笑顔でその担当は言った。

 後にその人物が、HMシリーズそのものを作り上げた長瀬という人物なのだと知って仰天した。とんでもない偉いさんだったわけだ。一度お礼にとセリオと共に伺ったんだけど、やけに賑やかな妙なHM-12を相棒に社内を歩き回るその姿は、先進分野のエンジニアというより人のいいおじさんといった塩梅だったと思う。


 そんなこんなで僕のセリオとなったこの子だが、とにかく珍妙さに関してはピカイチだった。

「大将、いい大根が入りましたよ。今夜はふろふきどうっすか?」

「ふろふき大根か。ひさしぶりだね」

 子供の頃苦手だったふろふき大根。いや今も苦手だったんだけど、セリオが作るとなぜか旨い。

「ふろふき大根はですね、大根えらびも重要なんですよ。だから、いい大根が入らないと作りませんよ。たとえ大将のリクエストでも」

「そんなもんか。難しいんだな」

「はい!それでその大根の基準はですねえ……」

 にっこりと笑って蘊蓄をたれだすセリオ。これも普通のセリオはやらない。

 なんだかな。セリオってもっとクールなイメージがあるんだけど、この子はどうにもクールじゃない。まるで気さくなおばさんだ。

「あ」

「?なんですか?大将」

「いや、なんでもない」

 きっと、この子の事実上のマスターは料理上手のおばあちゃんだったんだろうな、なんてことをふと考えた。

続く



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