野良と豪傑

 『水部(もえとりべ)』という奇妙な名前もさる事ながら、このアパート最大の特徴は、敷地内に大きな畑がある事だったりする。

 バーコードおやじ…管理人兼オーナーの速見(はやみ)さんによれば、この畑は速見さんがわざわざ買ったものだという。田舎とはいえ結構なお金がかかったんじゃないかと思ったんだけど、そうでもないらしい。大規模化した現代農業にとって、ちょっと小高い丘の途中にあるこの土地は機械化しづらく、しかもこの場所だけ飛び地のように他の農地から離れているため、どこもあまり欲しがらないのだそうだ。また駅から遠く、幹線道路との接続も微妙に悪いため土地代もいまいちあがらず、農地の指定からも外れなかった。そんなところに速見さんは目をつけたらしい。

「うちはね、希望者にはごはんも出してるんだよ。時間帯の合わないひとは一緒に食べるわけにはいかなかったりもするけど、うちは全員セリィストだからね。おかずだけ貰ってセリオとふたりで食べるひともいるし、なんだかんだでうまく運用できちゃったりするんだなこれが」

 ちなみに食事代を聞いたら、芹緒すら驚くほど安かった。さすがと言うべきか。

「でも、そんなに希望者っているんですか?」

 学生寮じゃあるまいし、さすがにそうもいかないだろう。

「今のところは全員…かな?一緒に食べないひともいるけど、全然いらないって人はいないね」

「…はぁ」

 なんか、話半分って感じだなぁ…まぁいっか。

 ちなみに今、僕は速水さんと芋を収穫している。瀬理奈ちゃん(速水さんのセリオ)が小型のトラクタを運転して機械的に芋を掘り出し、僕らはそれを拾い一輪車(ねこ)に載せて運び出す。畑の外では芹緒が待ち構えてて、20kg詰めのコンテナにそれを入れていく、という寸法だ。

 こう書くと大変そうだけど、貰い物だという小型トラクタは小さ過ぎて乗用ではない。だから思ったよりスピードは上がらないんだな、これが。

「しっかし…売るほどありますねこりゃ」

 少なくとも、住人全員で食べ切れない事だけは確かだ。

「ま、売りはしないけど近所の農家に話はしてあるからね。半分は他の野菜と交換だったりするんだ」

「へぇ。」

 と、その時だった。

 突然、瀬理奈ちゃんのトラクターがゴゴッという音をたてて停止した。

「どうした」

「マスター。ネズミです!」

「むっ!」

 速水さんはやにわに芋を放り出すと駆け出し、瀬理奈ちゃんの側にいった。

「あっ!くそこのっ!」

「ま、マスター!あっちです!」

「むぅ〜っ!」

 どうやら、捕まえようとしているようだった。

 後で聞いたのだけど、農家にとってネズミは立派な害獣だという事だ。畑にいるやつはまちがいなく農産物を食ってるわけで、見付けたら速攻退治が基本なのだとか。しかしこの時の僕はもちろんそんな事わからない。どうやらネズミを捕獲したい事はわかったけど、どのみち運痴の僕にはどうにもならないわけで。

 とりあえず僕は、12mほど離れた場所にいた芹緒に声をかけた。

「芹緒!」

「はい、なんですか明仁さん!」

「ネズミ!とれる?」

「…やってみます!」

 僕と芹緒の言葉を聞きつけた速水さんが、僕らの方を向いて苦笑した。

「おいおい、いくらご自慢の芹緒ちゃんでもそりゃ無理だろ?HM-13の反応速度っていうのは人間のそれより…いぃ!?」

 と、速水さんの言葉が途中から驚きに変わった。


 どうして芹緒がそうなのか、僕は知らない。

 前のオーナーがどういう用途でそうしたのか、僕は知らないし芹緒も主要部分は覚えてないらしいし秘匿項目もあって言えないらしい。ただ僕にわかったのは、芹緒の代謝システムがHM-13純正データシートに比べ異常に強化されていて、特に反射機能のそれに至っては人間の楽に倍以上を示している、という事だけだった。

「……」

 芹緒はまさしく風の速さで、道路から畑に飛び込んできた。トラクターの(わだち)の横、まだ掘り返されてない僅かな固い地面を踏みしめ、それでも派手に土埃をあげて僕らの側を走りぬける。

「……」

 ………で、トラクターの向こうで唐突に転んだ。

「……」

「……」

「……バランスですね。まだ調整が必要、か」

「…そういう問題じゃないだろう。相川君」

「聞かないでください。僕もよく知らないんですから。それより」

 助けに行こうと思ったんだけど、その前に芹緒は自力で立ち上がったようだ。

「……つかまえました」

 どこか得意げな芹緒の手には、大きな野ネズミがもがいていた。


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