畑仕事が終わり、僕らはアパートの管理人室にいた。
昼間という事もあり多くの住人は留守だったが、時間帯が違ったり仕事がなかったりしてアパートにいた数名の住人が集まっていた。留守番のメイドロボもいた。やはりセリオが多かったが、姉妹機であるHM-12マルチもひとりいた。もっと古い型とか特殊なモデルもいるそうだけど、彼らは主人のいない時は部屋からあまり出ないという事だった。
それより驚いたのは、女性の住人が二人いた事。てっきり男ばかりだと思っていたんだ。セリィストは圧倒的に男または老人が多い。少なくとも若い女性は多くない。メイドロボは女性タイプが多いし、それに、そういう女性はこんなアパートには住まないんじゃないかと思う部分もあった。
「それじゃ瀬理奈。芹緒ちゃんは、そのトリプルオーってやつなの?」
「はい。これほどの大改造を後から行う、というのは考えられません。それといくつかの仕様を見ると最初期型に特有の特徴がいくつかありますし…それに」
「…それに?」
瀬理奈ちゃんの口ごもった語尾が気になり、僕は聞いてみた。
「…これは極秘事項に抵触するのですが、トリプルオーシリーズの機体は私達通常モデルの原版にあたります。もっと簡単に言えば、芹緒お姉様たちトリプルオーシリーズはHM-13製造ラインが最も最初に生み出した機体で、通常の販売ルートに乗らず独自配布されていたいわば『番号外』なのです。規格は同一ですから部品も全て共用できますが、開発スタッフが直接チューニングに関わっていて、HM-13が本来持つ機能が全て発揮できる状態になっています。販売されていたものではないので価格もありません」
「…番号外?」
「はい、マスター。相川さんが芹緒お姉様を入手されたのは解体業者だそうですが、メイドロボはご存知のように通常、そういうところには出回りません。細かいパーツは携帯電話と一緒でよく出回りますが、本体は厳正な管理下にありますから。しかしトリプルオーは登録が義務でなく、また個体番号自体が名前の由来である
「下手に捨てると警察が来るからなぁ。遠目には死体と間違われるし。」
なるほど…解体業者って夜逃げした企業のOA機器とか、法的にグレーなものも扱うからな。下手に来栖川に問い合わせて問答無用で引き上げられブラックリストに載るより、いくらかでも売れた方が商売になるし自分たちも安心、か。
「これで芹緒お姉様が確認できましたので、現在行方のわからないトリプルオーは全世界でも一台きりとなりました。今来栖川に問い合わせておりますが、トリプルオーでしたら一般の保守契約は不要じゃないかと思われます。また、相川さんをマスターとされて活動しておられるようですし、お望みならここで今すぐ、相川さんを正式なマスターとして登録可能かと思われます…いかがなされますか?芹緒お姉様?」
「?瀬理奈ちゃん、なんで…えーと」
「あ、僕ですか?相川です」
「はい、あ、私は
川名さんと名乗った女のひと…彼女、目が悪いみたいだな…は、自分のHM-13につきそってもらいながら瀬理奈ちゃんに、僕もちょっと思った疑問をなげかけてくれた。
「…これはあくまで推測ですが、相川さんにお聞きすればふたつ返事でOKされると思われます。ですから相川さんにお聞きするのはあまり意味がないのです。違いますか相川さん?」
「…そりゃまぁ」
どのみち、いつかは登録が必要だったしね。僕じゃ手におえない機関部分の故障が出てからじゃもう遅いんだから。
もちろん、金銭面での不安が解消したわけじゃないけど…こればっかりは仕方ない。
「ですが芹緒お姉様の場合、前オーナーに関する記憶を破棄するかしないか、という選択肢も存在しますし、いくつか必要な手続きがあるんです。」
「?そうなの?ユウちゃん?」
ユウちゃんっていうのは、川名さんつきHM-13の名前のようだ。
「はい、そうですよミサキさん。私も中古ですからその選択はありました。通常は記憶消去を選ぶ者などいないのですが、前マスターに極度の虐待を受けていたりして新しいマスターにお仕えするのに差し支える可能性がある場合、消去を選ぶ事もありえます」
「…そうなんだ…でも、悲しいねそれって」
「そうかもしれません。けれど芹緒お姉様の場合、考慮する価値はあると思われます。通常ありえない扱いを潜ってきているわけですから」
「……そうだね…あのね」
「…そのお話はあとで」
「ん、そっか。」
ふたりの会話は言外の部分がとても多かった。常に一緒にいるんなら当然か。
「……」
そうしている間にも、芹緒はいくつかの質問に答えているようだった。瀬理奈ちゃんって、セリオとは思えないくらい表情の豊かな子なんだけど、芹緒も表情こそそんなに変えないものの、首をかしげたり返答したりしている姿を見ていると、最初の頃に比べても結構自然になってきたよなぁ、と僕は思ったりしていた。
「それじゃあ最終質問です、お姉様。こちらに住まわれますか?イエスかノーで」
「イエス」
「ってちょっと待て芹緒!なんでそこまで決め「却下です」っておいっ!」
芹緒は、微妙に不機嫌そうな表情(特に顔色とか変わるわけじゃないからね。なんとなくわかるってやつだ)になると、僕にビシッと指をつきつけた。
「第一に、このままではいつまでたっても新居が決まりません」
「…そ、それはその」
「第二に、ここは治安がとてもよさそうです。明仁さんが持たれていた懸案は解消されると思われます」
「…それはまぁそうだね」
「第三に、お家賃が大変お安くなります。食費の件もそうですが、ここはメイドロボの多い場所です。明仁さんが皆さんの整備をしてくだされば、アルバイト料として家賃を大幅棒引き、場合によっては無料にもしてくださるそうです」
おぉ。それはありがたい。
「……そりゃ嬉しいけど、いいのかな?俺、三級整備士の資格だけだしそれもとったばっかだし」
「いや、そうでもないよ」
僕のなげかけた疑問に答えてくれたのは、速水さんだった。
「資格は三級だけど、自力で芹緒ちゃんここまで直したんだろ?ろくに機材もないのに。実務経験が足りないからプロには負けるだろうけど、その点ここなら存分に経験も積めると思うし、いいんじゃない?」
……そうかなぁ?
「ちゃんとした仕事が欲しいかい?だったら、近くのメイドロボディーラーの手伝いやらない?このへんは田舎なのに、うちのせいかメイドロボの数が多くてね。とりあえずはバイトらしいけどうちの住人にまで勉強がてら来ないかって言ってるくらいだから、邪慳にされる事はないと思うよ」
「……」
おそろしく条件のいい話だった。
そも、僕が整備士の資格をとったのは芹緒のためだ。来栖川に大金を払わず芹緒をなんとか維持するには、日曜整備士レベルじゃどうしようもない事はわかってたから。来栖川にオーナー登録してしまう今となっては必ずしもそれは必要じゃないかもしれない。けれど、身に着けておいて損になる技術ではないし、第一財布の心許なさは山奥の腐った吊橋級だ。いつ崩壊してもおかしくない、という意味で。
「……う〜…確かに魅力的なお話ですけど…」
「芹緒お姉様、賃貸契約の書類はこちらです」
「瀬理奈さん。この賃貸料の欄はどうするのですか?」
「はい、ここには『最大賃貸料』と書いてください。メイドロボの整備等で割引きが入る分はきちんと契約に盛りこみましょう。こういう事で口約束はよくないですし」
「こ、こらそこ!勝手に話を進めない!」
「明仁さん、すみませんが印鑑を」
「僕の話をきけ〜〜っ!!」
僕の後ろで、速水さんが笑いころげていた。
さっきから隅であれこれ話しているメイドロボたち……よくよく聞けば余った衣装の相談だった。芹緒のサイズを見て(セリオのサイズは全員同じ、というわけではないらしい)、合いそうな服装がクローゼットにあるかどうかの確認だった。どうやら彼女たちもオーナーの随伴というわけでなく、ちゃんとコミュニティを構成しているらしい。ここの雰囲気、そしてメイドロボ特有のコミュニケーションが住人の孤立化を許さないのだろうが、それにしてもさすがはセリィスト専門アパートである。居心地は確かによさそうだった。
……しかし。
「さて、じゃあ相川君の荷物はいつ運ぶ?なんなら車出すよ」
「それは大変ありがたいのですが…よろしいのですか?」
「かまわないよ。量は結構ある?」
「……管理人さんもですか」
「やだなぁ相川君。速水でいいよ速水で」
「いや、だからそうじゃなくて何で僕に」
「まぁまぁ」
「まぁまぁじゃないっすよ。なんか楽しそうですね(怒)」
「いやぁ、ここまで尻にしかれてる子ははじめて見るからねぇ〜」
「は、速水さんっ!」
周囲から洩れるクスクス笑い。
居心地悪くはない……けれど、芹緒とふたりっきりの穏やかな日常はきっと得られない、そんな気もした。ちゃぶ台を挟んでまったりしていた今朝までの日々が、まるで遠い彼方になってしまったような気さえした。
「……」
そんな事を考えていた僕は、そんな僕を満足げに見つめる芹緒の瞳に、気づく事ができなかった。
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