「ごめんください」
今どき珍しい、木だけで作られた格子戸を潜る。このアパートは高めの塀で周囲から仕切られているのだが、噂だとそれは失礼なカメラ小僧やマスコミを避けるためだったという。物理的な塀など現代ではあまり意味がないんだけど、この時代においてもこのアパートはIT化されてないそうで、だからこんなものでもちゃんと役に立つ。セリオ自体がサテライト機能を持つため必要ないんだそうだ。
いきなり玄関があるかと思いきや、あったのは簡素な階段だった。管理人室は101号だと不動産屋は言っていたが、別に不動産屋の仲介があるわけではない。ここはそういう業者にすら登録されておらず、ただ珍しさで近郊の不動産関係者は皆、その程度の情報は持っているのだそうだ。仲介ついでにいろいろ聞こうと思っていた僕と芹緒のもくろみは、いきなり大外れだったわけだ。
「留守みたいだな。全然気配がないぞ」
「…住民の方はおられるようですね。HM-13型が少なくとも六台は現在、稼働しています。初期タイプも混じってますね」
「なんでわかるの?」
「サテライトシステムです。衛星との通信はできませんが、同じサテライト端末の認知くらいなら可能になりました」
「おぉ、すごいじゃん!」
「昨夜の調整が功を成したと思われます。」
調整といってもまぁ、紛失しているアンテナ・コアの代わりに補聴器をバラしたアンテナ素子を組み込んだだけなんだが。…アンテナ・コアは通信ROMとセットだから高いんだよなぁ。携帯電話を原価で買うようなもんだと思ってまちがいない。
メーカーからすれば、整備不良のメイドロボがうろちょろするような事は本当はよくないらしい。だから部品バラ売りなんてしてないんだ。まともに修理するならそれはオーナー登録して、という事になるわけだが、はっきりいってそんな金なんかない。僕はただの貧乏フリーターなのだ。確かに整備契約料はそんなに高くないけど、パーツ代とかはある程度どうしてもかかる。僕の試算だと、芹緒のそれは百万のオーダーになるはずだった。
…ごめんよ、芹緒。情けないオーナーで。
と、その時だった。
「よし、逝くぞ
「はい、マスター!」
「うむ、でわでわ出動じゃあっ!……って、あぁ?」
いきなり、ドタドタとすごい音をたて、
「…おやおや、お客さんかね。これは失礼」
「…はぁ。それはどうも」
おっさんは、僕と芹緒の顔を見るなり禿げ頭に残ったバーコードをつるりとなでた。
いかにも、怪しさ全開のおっさんだった。ジョギングでもするつもりなのかトレーニングウェア姿なんだけど、いかにもその服装が安っぽい。シューズだけはランニング用の本格的なやつだけど、それと服装の落差が妙にアレゲだった。くたびれた背広の方がよく似合いそうだった。
「……」
続いて降りて来たセリオ……どうやら中期型らしい。僕と芹緒を見て、そして軽い会釈をして、おっさんを見た。おっさんが話しだすまで待つつもりなんだろう。ちなみにおっさんと違ってきちんと仕立てられたいい服を着ている。まぁトレーニングウェアではあるんだけど、おっさんのそれよりはだいぶグレードが上だ。整備状況も外見上はよさそう。大切にされてるんだな。
…まぁとりあえず、住人なら挨拶くらいはしなくちゃ。
「えと、こんにちは。僕、
「はじめまして」
事務調の挨拶ではなく、僕がよくやる軽い会釈で芹緒も続いた。
「……」
おっさんは、僕でなく芹緒を見ていた。
一瞬、何見てやがんだと怒りたくなった。でも、あまりに真剣な目で見ているので、それはやめておいた。
やがておっさんは、ほうっと溜息をついた。
「よく手入れされてるね……君がやったのかい?」
「!え、あ、はい……でもどうしてですか?」
「どうしてもなにも、アンテナが壊れてるじゃない。正規契約したセリオでそれはありえないからね。たとえ一文無しでもそこは真っ先に修理される。来栖川の方針ってやつらしいがね」
「!…それは」
それはつまり、芹緒が正規の機体でない、という事を意味する言葉だった。
「まぁそれはいい。私は来栖川じゃないからね。しかしアンテナなしでは可哀想だな。それに服も」
…それはそうだろう。芹緒が着てるのは僕の服をベースに仕立て直したものだ。僕にはそんな技能はないわけで芹緒がやったんだけど、その芹緒にしてもサテライトの助けがないわけで。できるはできたが貧乏くささまるだしだった。
何度か買ってあげようとしたんだけど、芹緒に強硬に反対された。最後には財布ごと取り上げられ、キープしていたお金は食費に回されてしまった。そして小一時間怒られた。私の服なんかよりちゃんと食べてください、と。
おっさんの言葉に言い返そうとした僕を、芹緒の手が止めた。
「お言葉ですが…明仁さんは大変よくしてくださっています。」
「ほう?」
「この服だって、亡くなったお父様の形見だという衣装を仕立て直したものですし、確かに外見こそ既成のものには及びませんが防寒という意味ではほぼ完璧な機能を保っています。半世紀以上経過しているそうですから、相当によい素材が使われているのだと思われます。」
「……そうか。」
おっさんは、何やら考え込むような顔をしていたが…やがてポンと手を打った。
「よし少年。時間はあるかね?」
「…はぁ??」
「なに、ちょっと手を貸してくれんかね。そこのセリオ…ちなみにカタカナでセリオ?」
「…漢字です。芹沢の芹に糸辺の緒で、芹緒」
「おぉ、いい名だ。じゃあ芹緒とふたり、ちょっと手を貸してくれんかね。実はこれからそこの畑に行くんだが、瀬理奈とふたりじゃちと手が足りんでな。どうしたもんかと思っていたんだが」
「…畑?」
「うむ。大根と
「…そりゃいいっすけど。僕たち、ここの管理人さんに会わなくちゃ。入居希望なんです」
「…なんだ、だったらなおさら問題ないな」
「…へ?」
おっさんはニヤリと笑うと、
「だって、そりゃ私の事だからね」
「………はいぃ??」
そう吐かして、ハハハと笑った。
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