警告
BlackCyc 『ゴア・スクリーミング・ショウ』のネタばれがあります。

日常

 最近、たまにだが夢を見るようになった。

 もちろん、あえてそう書くくらいだから普通の夢ではない。それはとても懐かしく、とても愛しいもの。

 そして、とても安らげるものだった……。


「どうした、体調不良か?なんか珍しいなおまえが居眠りだなんて」

「あははは。ごめん」

 まだ眠いのだろうか。ちょっと不機嫌そうな幼なじみ、一柳あかねの前で恭二は笑った。

「俺に謝ってもしょうがないだろ。で、単なる寝不足か。深夜テレビでも見たか?」

「あのねえ……ひとを何の悩みもないみたいに」

「ねえだろ。少なくとも夜通し悩む類の奴は」

「ちょっと。それどういう意味?」

 やれやれ、またかと周囲に反応がひろがる。いつもの光景だからだ。恭二とあかねは現在、クラスのムードメーカーにして迷コンビとして知られている。いつでもどこでもおっぱじめる通称『犬も食わないなんとやら』のためである。

 もっとも、ふたりがそういう関係というわけではないのだけど。

 最初は問題視する声もあった学校側だが、今はその声もない。なんでも学校側の目には、あかねが恭二の『おさえ役』のように見えているらしい。貞島グループなき今、学校で一番目立つ問題児は恭二だと彼らは認識しているようだが、あかねを筆頭とする数名の友人たちが恭二を大人しくさせている……本人たちが聞いたら怒りそうだがそういう評価をされていたのである。

 事実、波風をあれほど嫌う担任ですら、よほど大声で騒がない限りふたりを怒らないほどだ。

「で、どうしたよ?」

 おや、今日は少しだけシリアスなようだ。恭二がじっとあかねの顔を見ている。

「んー……恭二に言ってもあまり意味ないんだけどね……」

「?」

 首をかしげる恭二に、困ったような顔であかねはつぶやく。

「ううん、なんでもないの」

「……?」

 鈍い恭二は気づかない。

 物憂げに恭二をみつめるその目には、女のそれが混じっていた。

 とろとろと見る夢。内容はいろいろだけど、それのはじまりはいつも同じだ。

『……』

 森の中にゴアがいる。あの奇矯な姿でのんびりと、森の外をまぶしそうに見ている。それが夢のはじまり。

『よぉ』

 恭二が声をかけるとゴアは振り向き、何もいわずに優雅に一礼。

『おまえなぁ』

 あの軽妙で珍妙なしゃべりは聞くことがない。なによりこのゴアはどこか儚い。まるで幻のように存在感が希薄なのだ。

(そりゃそうサ!それは今ここにいないからサ!そうなのサ!)

 ゴアは基本的に何も語らないが、いえばきっとこんな感じなのだろうなと恭二は思う。

 石のない今、きっとゴアとこちらの世界には接点がない。こうして夢を見ているというのはもしかして、ゴアが関わりのある者の夢を通して覗いている……そんなイメージを恭二は持っていた。

 そして、ゴアがそんな行動に出る理由なんてひとつしかない。

 恭二がゴアの横を抜けようとすると、ゴアは森の外を指さした。いつものように。

『サンキュ』

 恭二はゴアを恐れない。どんな不気味で不吉な姿だろうとゴアと恭二は近い立場にある者だし、そもそも恭二はゴアに驚かされたり怒っても嫌悪した事は一度もない。

 あの娘やあの娘と親しい者を、決してゴアは傷つけないのだから。

『……』

 ゴアは何もいわず、ただ「行ってやれ」と言わんばかりににんまりと笑った。


 そこは恭二の知らない町だが、夢の中では何度となく来た町だった。

 おそらくは今、紫が住んでいる町なんだろう。夢の中だけあっておかしなものもいくつかあるが、市街の感じや雰囲気はどこにでもある田舎の町だ。看板に書いてある文字までよく見える。

「ユカちゃん、ここはいいからお昼休みにしな」

「はーい」

 どうやら仕事中だったらしい。郊外にある小さな白いペンションから声がする。喫茶店のような白いカウベルつきの扉が音を立てて、

 そして、紫が現れた。なぜかお昼らしきトレーを持って。

「……」

 紫は恭二が見えてないようだった。これはいつもの事だったから恭二は驚かない。ただ、今の紫の姿や出てきたペンションだけをしっかりと記憶にとどめ、そして紫の後についていった。

 紫の行き先は、信号の隣にある小さな漫画喫茶。

『漫画喫茶?』

 これもはじめてのケースだ。ここで昼を食べるという事なんだろうか?

 正面入口からトレーを持ったまま堂々と入っていく。

「こんにちはー」

「おや、来たねユカ坊」

「坊はないですよ、もう」

 むす、と怒り顔の紫に、人なつっこそうな雰囲気の女性はウフフと微笑む。

「はいはい。おうちに定時連絡でしょう?ほら、あそこ使いなさい」

「ありがとうございます」

「いいっていいって。後片付けだけはよろしくね」

「はい」

 それだけ相対すると、紫はトレーを持ったままボックス状になっている座席のひとつに入った。

 慣れた手つきでパソコンを動かす。パソコンは既に起動していてネットへのアクセスも可能になっている。あらかじめ連絡がいっていたのか、それとも従業員用に常時空いている席なのかもしれない。

「メールメール、と」

 トレーの食器を開けつつ片手でブラウザを立ち上げ、どこかのサイトに接続した。しゃこしゃことパスワードを打ち込むとメールらしい画面がひろがる。

 いや待て。

『メール?誰とやりとりしてるんだ?』

「あ、ひーくん」

『なに?』

 悪いと思いつつもその画面を紫の肩ごしに見た途端、恭二は眉をよせた。

『ほんとに闇子さんかよ』

 汚ねえ、俺にはひとことも言ってないぞと恭二はぼやいた。

 メール相手は何人かいるようだ。どうやら仕事中に知り合った人たちが多いらしい。ペンションの手伝いなんて仕事にどうしてありついたのか恭二にはわからないが、こういう仕事はひととの出会いが多い。ほとんどは文字どおり仕事絡みだろうが、中にはずっと続いているようなものもあるのだろう。

 だが、闇子とまでやりとりしていたとは。後でとっちめてやろうと心に決めた恭二だったが、

「……へぇ。一柳あかねと親しいんだ恭二。ふーん」

『げ、なに書いてんだ闇子さん!てか、こんなものいつのまに!』

 どうやらメールの中身は恭二自身の近況のようだった。写真まで添付されている。どこで撮ったものなのか恭二にすらわからないもの。

 そもそも考えてみれば闇子はマスコミ関係者、それも記者でありライター。恭二のことをそれとなく調べまとめて送るくらいは朝飯前なのかもしれない。

「しょうがないなぁ。来たらいじめてやるんだから恭二ったら」

 それは誤解だ、と恭二は耳許で叫ぶ。だが紫はまったく気づかない。

「はぁ。それにしても……逢いたいなぁ」

『……』

 ぼそ、と洩れた紫のつぶやき。

 恭二はただ、そんな紫を見ていることしかできなかった。

 学校が休みになった。

 インフルエンザの流行で休校になったのだ。休日も挟んで五日ほど、健康体の恭二にはまるごと暇ができてしまった。

「あら珍しい。恭ちゃんニュース見てるの?」

「珍しいってなんだよそれ」

 闇子の微笑みに恭二は苦笑で返した。

「世の中のことも知らなくちゃダメだろ。これも勉強だ」

「へぇ」

 恭二の言葉を闇子は笑わない。それが何を意味するか、どういう思考を経て発しているものかを彼女は知っているからだ。

 そして恭二も、知っているだろう闇子にそれ以上何もいわなかった。

 そうこうしているうちに事件報道が終わり、地方の朝の中継になった。国営放送らしい真面目で、しかしどこかのどかな内容。北のどこかで特産物の出荷が始まっただの、もうこの時間に漁から帰ってきた漁船だのの流れる番組を恭二はじっと見ている。

 そう。まるで、そのひとつひとつまでも記憶から逃さぬとしているかのように。

「……」

 まるで真剣勝負のように朝の番組を見ている恭二を、複雑そうな顔で見ている闇子。

 だが、

「!」

 とある地域のニュースに移った途端、恭二の顔色が変わった。

「ここだ!間違いない!」

「え?」

 恭二はメモを取り出しアナウンサーの説明をササッと走り書きした。

「ち、結構遠いや。日数は足りそうだけど金足りるかな」

 それだけいうと闇子が質問する暇もあたえず、恭二はテレビの下にある時刻表を引き出した。

 闇子は首をかしげつつ、恭二の肩ごしに時刻表を覗き込んだ。

「恭ちゃんどこかいくの?休校っていっても今は自宅待機なんだけど?」

「悪い。ちゃんと戻ってくるから」

「……こらこら、もう。で、どこいくの?」

 振り返った恭二の顔を見た闇子は一瞬つまり、そして、そんな言葉を返した。

「内緒」

「ふ〜ん。で、そこに紫ちゃんがいるの?」

「!」

「あははは。わかりやすい反応ねぇ」

 けらけら笑う。憮然とする恭二。

「ま、そういうことなら止めないわ。でも、あてはあるの?テレビ見て反応したようだけど?」

「ああ、間違いない。いつも…」

「いつも?」

 そこまで言いかけて口をつぐんだ恭二を不審そうに見る闇子。

「なんでもない。ま、そんなわけで行ってくる」

「あ、こらちょっと。お金は足りるの?」

「交通費はある。後は行ってから考える」

 そうして、闇子が止める間もなく恭二は部屋に戻ってしまった。準備のつもりだろう。

「……」

 闇子はちょっとだけ考え込んでいたが、

「無計画ねえもう。……とりあえずメールしとこっか。おなか空かせた馬鹿がいきますって」

 クスクスと苦笑すると、闇子も部屋に向かって戻っていった。

 後にはただ、誰もいなくなった居間だけが残された。テレビはついたままだ。

『……』

 と、突然その画面が奇怪なピエロの如き怪人のマスクに変わったかと思うと、

『ご主人はこうして三つ編み猫のところへいきましたとサ!さささ!』

 にっこりと、どこか優しげな笑いを浮かべ、

 そして、唐突に消えたのだった。


(おわり)



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