滅多につけられる事のないテレビが、静かにお寺の景色を流していた。
前世紀中頃に作られたという古くさいアパートの一室。さっきまで炬燵に入っていた男は今は寝ている。逝く年くる年くらい見てから寝るといっていたのだが今年も睡魔に負けたらしい。ぐーぐーと眠っている男には青い半纏がかけられている。眠った後、誰かにかけられたものだ。
「……」
炬燵の横に正座し、セリオはじっと男を見ている。
食べられることのない年越しそばがテーブルの上にある。湯気がたっているのはついさっきセリオが作ったものだからだ。男を起こそうか、どうしようかとセリオは躊躇している。起こしてくれと念を押されてはいるのだが、気持ちよく眠っている男をみるとセリオは躊躇してしまう。
「……」
澄んだ目で男をみつめるセリオ。その脳裏にはなにが去来しているのか。
「……れ」
「……」
男がもぞ、と動く。何か夢を見ているようだ。
「……」
涙がこぼれた。
遠い想い出、二度と帰らぬ何かに男は泣いているのだろう。夢の中で繰り返される懐かしいもの、そして悲しいもの。くっくっ、と背筋を曲げて泣く。人前では決して見せない男の姿があった。
「……」
セリオが動いた。手を伸ばし男の肩に触れる。
「──さん」
なぜかセリオはいつもの呼び名ではなく、男のファーストネームで呼びかけた。とてもやさしい声で。
「!」
その呼び名に男の身体が、ビクッと反応した。ぶるぶると震え、ゆっくりと頭があがる。
「おかげんいかがですか、大将」
「あ、ああ」
男はむっくりと起き上がった。ばさ、と半纏がずり落ちる。
セリオはその半纏をさっさと拾うと、男の肩にかけ直しタオルを懐から出した。
「はい大将」
「ん」
男はされるまま、セリオに顔を拭かれている。
「……夢、だったのか」
「はい」
男がつぶやいたのは、それだけだった。
「さ、大将。年越しそばですよ」
「ん、ああ」
子供のように箸を持たされ、お椀を手に持つ男。
「……セリオ」
不安げな目がセリオをみつめる。まだ半分夢の中にいるようだ。
だから、セリオも答える。
「問題ありません。わたしは何処にも参りませんから」
「……」
「さ、おそばが醒めますよ」
「……ああ」
ふたりの会話は、それだけだった。
男はゆっくりとそばを食べ始めた。
暦はゆっくりと、新年へと変わりつつあった。