たとえどんなに慌ただしかろうと、空港という場所は一見するとどこか静かに、悪く言うと空虚にすら見えてしまうものだ。
それは空間のせいだろう。航空機はその活動に非常に広い場所を必要とする。特に大型旅客機のそれは貪欲に空間を喰う。飛行機械を支える技術自体は車でいうと蒸気自動車レベルのものでしかないというのに、あまりに早く商業路線として定着してしまった事によるしわ寄せがきてしまっているのかもしれない。
「……」
そんな羽田空港なのだけど、僕は仏頂面をしてそれを待っていた。
僕がいるのは手荷物の預り所だ。どうにも納得のいかない結果だったのだがそれは手荷物だった。反論しようにもできない。手荷物じゃないというのならオートバイの航空輸送なみの料金をとりますよと言われれば、僕だって従わないわけにはいかなかったからだ。まぁ、帰省のひとびとから逆行しているおかげで対岸の混雑を苦笑して見ていればいいというのが唯一の慰めだったか。
「……」
そして、その箱は現れた。
箱は『天地無用』『割れ物』『取り扱い注意』などと書かれていた。大きな航空会社の箱で規格化されており、こういう用途のための専用の箱である事を思わせた。
大きな箱に皆が注目する。
ばこん、と音がする。皆が顔に『?』のマークを浮かべた。ぐらぐらと箱が動き、空港の職員があわててそれに駆け寄った。
そして、ばこっという音が再びすると同時に箱の蓋が跳ね上がり、
「ふう」
「……」
いきなり、びらびらの紺白のエプロンドレスの女性が現れた。
ていうか僕のセリオだった。
「……」
セリオ、いったいそのエプロンドレスはどうしたのとかいつのまに着替えたのとかそもそも主電源切ってなかったのか規則でしょうが君は手荷物なんだよとかそういう事がうだうだと頭の中を駆け巡ったのだけどそれ以前に、
「……」
あっけにとられている僕の前でセリオは手荷物のカウンターから優雅に降り(入っていた箱は片手で背後にうっちゃって)、スカートの裾を持ち優雅に一礼をして、
「ただいま参上いたしました。ますたー」
なぁんてメイド然とした挨拶をしてくれたりするわけで、気づけば周囲のひとたちも唖然としているわけでちょっとアレな気分なわけで、
「てい」
僕はそんなセリオの頭にチョップをかました。
「何をされるのですか、ますたー」
「いいかげんにしなさいこのばかちんが。何がマスターだっての!」
「ではご主人様と?」
「やめろっつーか勘弁してくださいおながいします」
「そうですか。ではやっぱり『ますたー』で」
「なんでそうなる」
「エプロンドレスで『大将』はないかと」
「ていうかそのエプロンドレスどったの君は。知らないぞ僕は。つーかそのメイド口調やめろ」
「ダメですか」
「いや結構可愛いから許す」
「そうですかこれはツボですか。記録しておきます」
「で、そのドレスどったのよ」
「これは標準服です。最初から持っています」
「うそつけ」
「すみません。実は前回の検査の時にセンターでいただきました。これでますたーを悩殺なさいと」
「またあのひとたちは……何考えてんだか」
「いやですか」
「いや結構いい。ところで挨拶はドイツ語の方がらしくないか?そのデザイン欧州っぽいし」
「いいですね。次からそうします」
「あのー」
「ところで君の荷物はどうしたの」
「メンテパソコンはこちらに。あとはますたーの荷物に混ぜてあります」
「もしもしー」
「へぇ。よく僕のパッキングに混ぜたな。大したもんだ」
「いえ、ぱんつの隙間などに」
「……あのね」
『 も し も し ! ! 』
僕とセリオはこの後空港のひとに絞られた。
原因はもちろんセリオのこと。セリオはいわゆるオンタイマーで荷物到着と同時に覚醒するようにしていたようなのだけどもちろんこれは違法。「携帯電話は主電源をお切りください」ってやつ。いわゆる航空法違反。れっきとした犯罪である。
とはいえ、セリオが自主的にそんな事するなんて誰も思わないわけで、主に怒られたのは僕。きっとブラックリストに載ったろうな。
「すみません」
珍しくしおらしいセリオが言った。
「そうだな。さすがに僕のせいになっちゃったのはまずかったかもね。次から馬鹿やりにくくなっちまった」
「……?」
一瞬僕の言葉の意味をはかりかねたのだろう。セリオは首をかしげた。
僕はだんだんとこみあげる笑いをこらえながら言った。
「次からは、違法にならないようにしないとね」
「!!……そうですね。では今から作戦を練りましょうか」
「うん」
僕はセリオと顔つきあわせてクスクス笑いながら、あぁこれって『似た者マスター』ってやつだよなぁ、なんて思っていた。