年末セリオ

 仕事納めの挨拶をすませ、外に出た。

 うだつのあがらない万年アレな身の僕だが、そんな僕でも年末はちょっと慌ただしい。しかしそれもひと区切りがつき、なんとなく僕は町に歩きだした。

 町は、年末一色だ。

 車の流れもひとの流れもいつもと違う。帰郷する者、のんびりただ過ごす者、誰かと年を越す者。僕は今までどの中にも入らなかったし、これからも入らない。いや入れない。そう思っていた。

 独身であることは自由ではある。だけど、それは寂しさの証でもあると思う。

 共に騒いだ友も多くは家族がいる。当然こういう時は距離が開くものだ。次第に話もあわなくなり、必然的に僕はひとりぼっちになることが多くなった。

 寂しさを知らない者は不幸だという。その通りだと今は思う。

 ひとりぼっちに慣れているとか、ずっとひとりでこれからもひとりだとか。それは悲しいことだ。確かに、ふたりいると行き違いもあるし時にはぎすぎすした関係にもなろう。冷えきった夫婦よりも一人の方がましだというひともいるかもしれない。僕も確かにそういわれると否定はできない。実際に経験がないからわからないってこともあるし。

 だけど、それでも人はひとりでは生きられないのだ。

「おや」

 年末になると忙しくなる店もあるが、反対に閑古鳥が鳴く店もある。たとえば目の前にあるこれ、メイドロボショップだ。

 ポケットには一枚のお札。情けないほどに少ないが最低額ではない。

 僕はちょっと考え、そのメイドロボショップの中に入った。

 ここから帰省するのは遠すぎる。だから、少ないお金は自分のために使おうと思った。


「いらっしゃいませ」

 中に入ると、メイド姿のHM-12が静かにおじぎしてきた。

「いらっしゃいませ。何がおいりようでしょうか」

「あまり予算がないんだ。もしかしたら冷やかしになっちゃうかもしれないけど、手頃な予算で買えるものがあったら知りたいな」

「手頃な予算、ですか。ではこちらへどうぞ」

「あぁ、いいよわざわざ案内してくれなくても。言ったろ?冷やかしになるかもしれないって。予算が情けないほど少ないんだ」

 実際、今の手持ちで買えるものがあるかどうかわからない。だからはっきり言った。

 人間の店員ならこう言うと途端に愛想が悪くなる。売り場の場所だけ示してどこかに行くのが普通だ。あるいは遠くから見張られていることすらある。もちろん、くすねていったりしないかどうか監視しているわけだ。

 貧乏人の性というか、こういうのはわかる。

 だが、

「そうですか。ではこちらへ」

 ちょっと考えた末、HM-12は僕を先導して歩きはじめた。

「ありがたい。でもいいの?他に仕事あるんでしょう?」

「かまいません。それより失礼ですが、御予算はいくらほどでしょうか?」

 隠す必要もない。僕は一枚のお札を提示してみせた。

「なるほど、それではアクセサリーがいいかと。セリオタイプ用のオーバー耳カバーなどはどうでしょう」

「オーバー耳カバー?なにそれ?」

 そのパーツ自体が僕には初耳だった。

「冬季用の耳カバーにかぶせる防寒カバーです。メイドロボ用に特殊な防寒構造をもち耳センサーが寒さで不調にならないようにします」

「へぇ。耳センサーって寒さに弱いの?」

「年式にもよりますが、初期型はあまり強くありません。それとビジュアル面で取り付ける場合もあります。おしゃれではありませんが、結構可愛いとおっしゃる方がおられるようです」

「なるほどね」

 確かに、耳を温かいパッドで塞いだ女の子は可愛い。あんな感じになるわけか。

「いいね。見せてくれるかな?」

「はい」

 HM-12の後ろを歩きつつ、僕はそれをつけたセリオを想像していた。

 だからその時、僕は気づくことがなかった。

 そう。

 HM-12はまるで僕の相棒をセリオ、それも初期型だと知ったうえで応対しているようだった、ということに。


 後で知ったことだが、メイドロボたちは『井戸端会議』というものをするらしい。

 そのコミュニティは巧妙に隠されていて、メイドロボの開発陣にすらその会話の内容は知られていないらしい。だが調査した者の推論によると、それが隠されているのはオーナーの個人情報が含まれているかららしい。つまりセリオたちは仕事上の情報交換をコミュニティで行い、参考にしているというわけだ。

 そこで流れている情報は決してよいものばかりではないという。いわゆるブラックリストもあるという。その話を聞いた時、正直いってあんまりいい気はしなかったのだけど。

 だって、貧乏人の僕のこともネットされているのかもしれないからだ。別にそのくらいかまわないけど、セリオたちに悪く思われるのはちょっと悲しい気がした。

「ここです」

「お」

 これはなかなかいい。ぼんぼりみたいなのがついてるのやら、可愛さ最優先のつくりのものなど色々あった。

「ご予算で届きそうなのはこのあたりかと。あとワゴンセールのものもありますが」

「とりあえずこれ見るよ。えっと、ここからここまでかな?」

「あ、そちらはマルチタイプ用です」

 なるほど。左三分の一か。

 セリオ用の安いのは少ないようだ。可愛さより効果優先のものも目立つ。あまりに武骨なのもどうかと思うが、機能はちゃんとしてて欲しいな。

「これかな」

 その中で、毛糸風のものに僕は目をつけた。青い筒状のものだ。

「これ、見ためは毛糸だけど実際は違うみたいだね」

「はい」

 ゆっくりとHM-12はうなずいた。

「そのタイプはマンションでは使えません。サテライト電波の一部を使って保温性を稼ぐためです。ですが木造家屋では問題なくご利用になれます」

 うちはその木造家屋だ。なるほど悪くないな。

 僕の半纏を着込んだセリオが、それをつけたさまを想像する。……うん、可愛い。

「これ、くれるかな。包まなくていいよ」

 帰ってすぐつけてやりたいから。

「わかりました。お買い上げありがとうございます」

 そういって、HM-12はふかぶかとおじぎした。丁寧だなぁ。


 外に出ると、しんしんと静かに雪が降っていた。

「うわ、雪かよ、道理で静かなはずだ」

 雪が降りしきると静かになるものだ。車の数も減っている。

 紙袋を抱えこみ小さく縮こまった。

 冷たい風が吹いていた。僕はいつものようにそのまま家路につこうと歩きだしたのだけど、

「?」

 気がつくと誰かが立っていた。セリオだ。

「大将」

「ああ」

 雪国ルックのもこもこ姿のセリオ。そして『大将』。こんなセリオは僕のセリオしかいない。

 しかし珍しいな。こんなとこにセリオが出てくるなんて。

 実はこの子は人混みを苦手とする。記憶はないが人格にまで過去のトラウマが刻まれているのではないか、とは来栖川のひとの談。だから僕も、買いものを頼む時は「人混みに出くわしたらあきらめてもいいからね」と言ってある。無理すりゃ歩けるんだろうけど無理させる必要もないと思うし。

 たかが道具とひとはいう。不具合があれば直せばいいのだと。

 だけど僕は、セリオのこんなとこもセリオらしくていいと思っている。

「今日は仕事納めと聞きました」

「ああ」

 セリオはぽつりと言う。

「なかなか戻らないので気になりました。会社まで問い合わせました」

 それは違うだろ。もしかして会社まで行った?

「すみません行きました。皆さんに色々聞かれました」

 まぁ問い詰められるくらいはいい。寒くなかった?

「わたしはロボットですから」

 感覚として寒さはないだろ。でも精密機械は寒さが苦手のはずだ。

「頭出して」

「え?」

 紙袋からカバーを出した。耳カバーにかぶせてやる。

「あ」

「さ、帰ろう」

 何か言われないうちに、セリオの手をひいて歩きだした。


「あの」

「ん?」

 とことこ歩いていると、セリオが声をかけてきた。

 寒さはどんどん強まっている。地吹雪とはいわないが、さらさらの雪が横殴りぎみに吹いていた。

「このカバーはどうして」

「車ほしいな。ぽんこつでいいからさ」

 しばらくこっちで過ごすことになりそうだと、セリオに告げた。

 北国ではカブは贅沢品に近い。ぽんこつ車の方がずっと安く買えたりするし実際、慣れない南の人間が冬の北海道をカブで走り回るのはあまり安全とはいえない。

 それに、セリオと外出できない。せっかくの90ccなのに。

「……大将の収入では無理ですね」

「はっきり言うなぁ。でもちょっと考えてみるよ。手はあるかもしれない」

「そうですか。で、このカバーですけれど」

「通信しづらい?」

「いえ、この程度では問題ないかと。むしろ温められるのでこの気温条件の中では調子がいいかもしれません」

「それは上々」

「で、このカバーなのですが」

「う〜寒い。とっとと帰ろうぜセリオ」

「ごまかさないでください」

 いいじゃん。帰ればどうせ無駄遣いするなとか説教するつもりなんだろ?今くらい、せめて格好つけさせてくれよ。

 僕らはそんな会話を繰り返しながら、ゆっくりと家路をたどった。

 年末商戦のにぎにぎしい光が、積もり始めた雪にまぶしかった。



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