とある貧乏人とセリオの話

 長瀬源四郎のところに営業部から連絡がきたのは、とある日の午後だった。

「主任、お電話ですよ。営業さんからです」

「ん、ありがとう」

 最近すっかり熟練社員と化しつつあるマルチの手から受話器を受け取った。

「営業とは珍しいな。もしもし」

 通常、営業からこんな現場に直接連絡がくる事はない。上を経由してくるものだ。

 メイドロボには特別仕様のオーダーがよくある。家庭に入るものと業務に使うもので同じ仕様というわけにはいかない事があるからだ。たいがいはソフトウェア面でのカスタマイズですむのだが、特殊な例では潜水艇乗り仕様なんてものもある。いざという時のためにある程度の耐水圧機能を盛りこむというわけだ。

 果たして、その電話の主は。

「お忙しいところを申し訳ありません。実は沼津の例のセリオについてですが」

「ああ、あれね。どうしたの」

 ひきとり先が決まらず、いつまでも再生予定が組めず困っていたものだ。

 悲しいことに悲劇にあうメイドロボもいる。基本的にメイドロボは全てリースなのだが、このセリオは赴任先のお宅が一家惨殺という痛ましい事件の犠牲になってしまったのだ。自分としてもスタッフとしてもすぐに回収・再生してあげたいのだがそれに営業が待ったをかけた。いくらかかるかわからないのに、里親も見付からないセリオをうかうかと引き取り再生するわけにもいかない。また権利者に確認しようにも全員鬼籍ときている。

 そして現在のところ、唯一行方のわからない相続権利者に連絡をつけている最中のはずだった。

 さてはその人物と連絡がついたのか。

 どのみち、あのいかれ具合では全損のはずだ。「潰してください」のひとことを聞き出すために馬鹿みたいに時間をかけたものだ。かわいそうに、その間あの子はずっと雨ざらしだったんだ。死刑宣告を待つ、なんて悲しい状況のまま。

 やりきれない思いを抱えたまま長瀬は次の言葉を待ったのだが、

「里親志望の男性が現れました。引き取り手がいないのなら自分が是非にと」

「……なんですって?本当ですかそれは」

 そんな、驚くべき言葉を営業は告げてきた。


「……」

 静岡、それに神奈川の営業から送られてきた詳細なレポートが長瀬の目の前にあった。

 里親希望は横浜の男性だった。ミニバイクでツーリングの最中に見初めたという。過去にも旅先で購入を決めたオーナーは確かにいたがミニバイクで旅行中というのはさすがに前代未聞だ。長瀬は興味深くそのレポートを読んだ。

 経済面は、あまりよくない。

 男性はいわゆるIT土方だった。仕事はまさに貧乏暇なし、会社も小さく収入も少なかった。資産はミニバイク一台のみ。どう考えても高価なセリオを維持管理できるとは思えない。この点で横浜の営業は難色を示している。

 だが、男性の気持ちという面では静岡の営業がハナマルをつけてきていた。

 静岡の担当は数多くの『里親引き取り』を成立させてきたベテランである。彼の場合、「雨ざらしなんてかわいそうな事はやめてくれ」と言いきった男性の気持ちを高く評価していた。経済面で問題があることも本人からはっきりと自己申告されており、それは横浜の調査結果ともほぼ一致している。それでも里親になりたいという彼の熱意は本物ではないかというのだ。

「……」

 ふむ、と長瀬は腕組みをした。

 確かに、精神面では問題ない。これ以上のオーナー候補もそうそういないだろう。

 ひとり暮らし。貧乏ではあるが借金はゼロ。まさに清貧という言葉にふさわしい暮らしをしていた男性。自分の家族はなく、きょうだいは遠方。頼るあてはなし。

 メイドロボはイメージが大切。犯罪に使われたりしたら大変なマイナスである。

「ずいぶんと悩んでるんですね、主任」

「ああ、ちょっとね。見るかい?」

「いいんですか?わたしが見ても」

「いいよ」

 マルチが見るのは本来越権行為である。だが問題ないだろうと長瀬は判断した。

 実はこのマルチ、あの藤田浩之の元に行ったマルチと同じ仕様である。技術的比較とバックアップのために残存している何台かの試作型のひとつなのであるが、彼女が稼働していることを知っているのはここのスタッフを含めごく一部にすぎない。他の面々は、薄々その正体に気づいているらしい来栖川本家のお嬢様方などを除けば、試験用データの入った特別仕様程度に認識しているらしい。

「……」

 マルチは、報告書を手にもち真剣なおもむきで読みはじめた。

 かわいらしいエプロンドレスを身に着けていた。以前、藤田浩之がこのマルチの存在を知り、自分のマルチとふたりで作りプレゼントしてくれたという手作りの品だ。最初はちょっと武骨というか手作りまるだしの感じだったのだが、マルチやスタッフの手で大切に整備され、今ではすっかりマルチに馴染んでいる。

「素敵な方ですね」

「そうかい?」

「はい」

 マルチはにっこりと微笑んだ。

「きっとこの方ならセリオさんを大切にしてくださいますよ。わたしにはわかります。きっとこの方は、藤田さんと同じような方だと思うんです」

「そうか」

 考えてみれば、学生である藤田浩之だって経済面ではあまりよい評価がなされなかった。ただ彼はHM-12の頭金を学生バイトの身で捻出に成功していたし、長瀬がじきじきに会い、おそらくは問題ないだろうと判断もしていた。

「……会ってみるか、彼と」

 まずセリオは再生しよう。営業は何か言うだろうが構うものか。今いちど賭けをしてみるのも悪くない。最悪ダメなら自分が身銭をきればいい。

 あと、営業に権利者への連絡を急がせねば。

「そうですか。よかったです〜」

 自分のように喜びの顔を浮かべるマルチを見つつ、そんなことを長瀬は思った。


 男性と会うにつき長瀬は考えた。

 藤田浩之の時のようにはいかない。彼はいつもマルチと共におり、マルチを通して彼の人柄をよく知ったうえで会ったのだから。予備知識のない普通の男性にいきなり出会ってもよい判断材料にはならない可能性があった。

 悩んだ末、長瀬は修理されたセリオそのものと対面させることにした。

 藤田浩之に連絡をつけ、ひとりで来てもらった。見えないよう影に待機してもらい、ずっとマルチと連れ添ってきた彼の立場から意見をもらおうというわけだ。横浜と静岡の担当にもそれぞれ待機し、観察してもらう。いざという時はセリオを引き離すためにも手伝ってもらう事にして。

 長瀬当人はレシーバーをつけた。彼らとの連絡のためだ。

 そして、その日はやってきた。


 現れた男は、ずいぶんと貧乏くさい風体だった。

 少なくとも20年そこそこは着ているだろうくたびれたジャンバー、不精して延びたろう髪を後ろで束ねてあった。プログラマ崩れが業界から足を洗えずほそぼそと食っている、そんな特有のみすぼらしい空気を全身にまとわりつかせていた。

「こんにちは。長瀬といいます。はじめまして」

「あ、どうも」

 名刺は出さない。習慣がないようだ。営業などの経験がない全くの野人なのだろう。

 男は、少しだけ長瀬に注目していたがすぐにセリオに気づいた。メンテナンスベッドに寝かされた姿を見て、

「すごい……こんな、こんな綺麗に!!」

「……」

 長瀬は男の表情を見て驚いた。

 心の底からの喜びがそこにあった。未だ権利者との連絡がついてないと嘘を言ってあったのに、そんな事はどうでもいい様子だった。今はただセリオの姿に喜び、本当に涙を浮かべて喜んでいた。

 長瀬が止める間もなく、男は眠るセリオに駆け寄った。

 そして、ぽろぽろと涙を流しはじめたのである。

「よかった……よかったなぁ。綺麗に修理してもらえて。みろよおい。可愛い顔しやがってよぉ……よかったなぁ。よかったなぁおまえ、なぁ」

 男はばかみたいに「よかったなぁ」を繰り返した。まわりのことなんか全く見えていないようだ。眠ったままのセリオの髪をやさしく手で直してやったりしている。

「……」

 長瀬は二の句を次ぐことすら忘れていた。レシーバーの向こうの男たちも同様だった。

 本当に、本当にこの男は心底このセリオを心配していたのだ。

 他人どころか人間ですらない、そして自分のものでもないセリオ。そんなセリオの回復にこのみすぼらしい男は本当に心から喜んでいた。男涙を惜しげもなく流し、まるで娘か孫が大怪我から回復したかのように喜ぶ。本当にピュアなひとの心がここにあった。

『おっさん』

 ふと、藤田浩之の声がレシーバーに響いた。

『オレはいいと思うぜ。金のことはわかんねえけどよ、このオヤジなら任せてやっていいんじゃねーか?』

『長谷川・静岡東部担当です。私も問題ないと思います』

 長瀬も小さくうなずいた。あとは横浜担当だけだ。

『……堀田・横浜担当です』

 少ししてその声が聞こえて、

『長瀬部長。お渡しした鞄の一番下に私のプランが入れてあります。通常のリースでなく技術モニターなどを含めた特別メニューですが、代償としてリース料金の大幅棒引きが可能です。これを最低ラインとして、彼が承諾されるなら私も賛成でかまいません』

 営業らしい最後の足掻きと共に、条件つきながら賛成が出た。


『ども。今年最後のビデオレターです』

『わーい、ぱふぱふぱふー♪』

『あほの子かおまえは。もちっとセリオらしくちゃんとしなさい。みんな見てんだぞ?』

『したっけ大将こそ。子供じゃないっつーにネギ残しちゃだめっしょ?』

『るせぇ。なんで今日に限ってネギがでかいんだよ!』

『クリスマスくらい嫌いなもんも食べなくっちゃ』

『だいだいだな、ここ北海道だぞ?なんで炬燵なんだよ』

『ちちち、だめっすよ大将。鍋には炬燵!ついでに暖房の設定温度も下げてクールビズ代わりに半纏。ほら、なかなかいい感じっしょ?』

『おまえね。外じゃよそ行きのしゃべりもするくせに僕の前じゃなんでそれですか?僕はこれでも君のマスターなんですが?』

『ええそうですよ大将。さ、おひとつ』

『いや、だから大将はいいかげんよせ……おっとっと』

 仕事で北海道に転勤になった男性から、報告書とビデオレターが届いていた。

 本来これらは技術資料である。男のセリオは今やロングセラーとなったセリオタイプの、改良に改良が重ねられた最新のハードウェアが突っ込まれている。それらの経過を見つつ、AI部分についてはテレビ電話による問診とこのビデオレター。全てはあくまで資料として活用されている。

 だが、ビデオレターについては皆の娯楽にもなっていた。

「すごいなぁこのセリオ。いい感じのヤレ具合ですね」

「学習の果てに変種化したセリオはいくつか知られてるけど、この子もちょっとすごいね。キテレツぶりではほら、あの食べすぎで入院してきた子」

「ああ。あれですか」

「うん、あの子にはさすがに負けるけど」

「確かに」

 メイドロボが進化の果てに奇矯なキャラクタに育つのは珍しいことではない。特に田舎で高齢者介護の経験をもつ者は顕著で、もんぺにほっかむりで畑に野良仕事に行くマルチなんてすごい映像を見て爆笑したこともある。基本的に都会や住宅地しか想定してなかった開発陣だが、築地の魚河岸で胴付き着込んでセリに参加するセリオとか、実に珍妙な暮らしをするメイドロボたちの映像がこの開発室には溢れている。その意味ではこの映像は別に珍しいものではない。

 だが、どてらで炬燵を囲い、オーナーとふたり幸せそうなセリオというのも悪くはない。

「……託してよかったっすね」

 オーナーと鼻をつまみあい「にゃー」「うみゃー」とか奇声を発する珍妙なセリオを横目でみつつ、スタッフの誰かがそうつぶやいた。

「……そうだな」

 長瀬はちょっと目尻をぬぐうと、そんな言葉を返した。


das ende



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