整備

(本編は夏に書かれたものです)

 久しぶりに都会(こっち)に戻ってきた。

 北海道も好きだが都会も嫌いじゃない。それにこっちは僕のホームグラウンドだしカブも置いてある。久しぶりに手入れをしてやろうと僕は、カブの横に工具一式を置いて整備中だった。

 カブはメインスタンドをたててある。点検窓をあけてチェーンの張り具合を確認したり適当にオイルを突っ込んだりしてみる。チェーンケースにきっちり収められたカブの駆動系は簡単にオイル切れになったりしないものなんだけど、長く留守にする以上オイルとゴム製品のチェックはまめにやった方がいいんだよな。

 うちは一軒家でなくアパートだ。それも都会には珍しい安アパートだけど、自分のアシがないと通勤にも不便な立地条件のせいなのか治安は悪化していない。駐車場スペースも狭いのだけど、無理すると北海道から持ち帰った僕の軽くらいはなんとか()められた。

 管理人さんにも確認してみたが、警察に怒られるサイズじゃなきゃいいですよと言ってくれた。ありがたいことだよほんとに。都会で駐車場を確保することの大変さは経験したひとじゃないとわからないだろう。凄い待たされたうえ、金だってめちゃめちゃかかったりするんだ。

 で、それはいいんだが。

「あれ、セリオ?」

「はい」

 セリオがうちからひょっこりでできた。

 まるで張り合うようにカブの横に綺麗なタオルを広げると、そこにミニマルチを寝かせている。

「なんだい?ちびすけの昼寝ごっこ?」

 冗談のような話だがうちのミニマルチは昼寝する。子供がマスターだったりした場合に一緒に寝たりもするよね?本来はそういう時のための機能なんだけど、実はひとり暮らしの女性が昼寝させている事が少なくないらしい。で、この子もそうだった。

 面白いのでそのままにしてある。セリオの話では昼間、充電時に膝に載せて寝かせているらしい。

 だが、いくらなんでも晴れ渡った空の下アスファルトとコンクリの上で昼寝はないだろ。

「なぁ」

「?」

「……いや、なんでもない」

「そうですか」

 家に入れといおうと思ったんだけど、まぁいいかとやめた。

 カブの日陰でうつらうつらしはじめたミニマルチ。セリオはそんなミニマルチを起こさないよう注意しながら工具いれより精密キットを取り出した。寝かせて整備するつもりらしい。

 セリオと肩を並べている。僕はカブを、セリオはミニマルチをせっせといじっている。

 そうしててどのくらいたったろうか?ふと視線を感じて僕は顔をあげた。

「?」

「……」

 目の前には、不思議そうな顔をしてミニマルチを覗き込む女の子がいたんだ。


 正確な年齢とかはわからない。ただ、やたらと可愛い女の子だった。なかば路駐に近い形で止まっている軽四の横にしゃがみこんだその子は、ツインテールにした首をちょっとかしげ、澄んだ目でミニマルチをじっとみつめていた。

 そしてセリオとミニマルチを交互に見てなぜか納得したように微笑み、そして僕を見た。

 不思議なほどに綺麗な目だった。子供だからなのかもしれないが、人間でもこんな澄んだ目をするのだな、とちょっと驚いてしまったほどに綺麗すぎる目だった。

 ちょっと迷ったが、僕はどうしたのと聞いてみた。

「うふふ」

 女の子は僕の問いには答えず、にこにこと楽しそうに僕とセリオとミニマルチを見ている。そしてひとことつぶやいた。

「いっかだんらん?」

 思わず、はい?と聞き返しそうになってしまった。

 セリオがロボットなのは子供でもわかることだ。ちょっと業腹な話だけど、無垢な子供にマルチとセリオを接触させると、マルチを人間と誤解する子が結構いるのにセリオは人間でないと高確率で理解してしまうそうだ。納得いくような何か理不尽なような、なんともいえない話なんだが。

 だから、一家団欒かと聞いてきた女の子の質問に虚をつかれた形となった。で、

「うん、ああそうだよ」

 思わず僕は、そんな返事を返していた。

 女の子は納得したようにウンウンと楽しそうに頷いていたが、やがて顔をあげて立ちあがり、

「じゃあね」

「うん、ばいばい」

 会話はそれだけだけだった、女の子はとことこと歩き去っていった。

 ちょっと立ちあがってみると、電柱の向こうに白髪の奇妙な男が立っていた。色の濃いサングラスをつけて、なぜかこの住宅地の中で白衣。歯医者か何かか?

 女の子が微笑み、男も笑って女の子の頭をなでた。

 そしてふたりは、ゆっくりと去っていった。

「……」

 いつのまにか立ち上がったセリオが、じっとふたりの姿をみつめていた。


 その夜、食事中にセリオは昼間の事をぽつ、と話した。

「あの男性の情報に該当がありました」

「へぇ。やっぱ医者か何かだった?」

 あの女の子は病気には見えなかったが……患者なのかな。でも医者と患者が外出するというのも変だし、家族だったんだろうか。

 ところがセリオは、もっと面白いことを言い出した。

「医師ではありません。動物学者のようです」

「……は?」

「興味深いこともあるものですね」

「まてセリオ、僕はさっぱりわからないぞ。説明ヨロ」

「それは内緒です」

「なんでやねん」

 それからしばらく僕とセリオは、ぼけぼけ漫才のような会話をしていた。


樹海漫画
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