夏とセリオ

 夏である。

 (なつ)といえば (あつ)い。 (あつ)といえば (なつ)い。そんなわけで夏が僕は苦手である。

 北の夏は涼しいので今年は期待していたんだけど、どうやら誰かが北の夏をエンジョイしたいらしく唐突に僕は都会に戻されることになった。秋になるとまた戻るようで荷物なんかはそのままでいい、という事だったがどうなるかはわからない。うちの会社じゃ朝令暮改なんてあたりまえのことだし、そうでない場合でも家族持ちが最優先なわけで、平のうえひとり者の僕の都合なんかは身内の不幸でもない限り特に確認されることもない。僕も確認しない。

 でもまぁそれはいい。会社なんてそんなものだろうし、僕もそれがどうとかは思わない。そういうもんだと理解している。

 とまぁそんなわけで夏だってのに都会いきである。不幸といえば不幸だが、まぁ久々に都会も悪くないだろと開きなおってもいたりする。ひとりぼっちの夏は寂しいし憂鬱なこともあるがそれは去年までのこと。今年の僕には珍妙な連れがいるのでそう退屈でもない、というか退屈させてくれそうにないんだ。

「みー」

「だめです待ちなさい。それはいけません」

「みー」

 たとえばここは高速のSA。トイレに行こうと立ち寄ったわけなんだけど、なぜかミニマルチが走り出しちゃってセリオがそれを追いかけている。

 いや、それはいい。周囲の不思議そうなまざしとかはとりあえずどうでもいい。どうしてミニマルチがいきなり走り出したのかとか、さっきの車の中でミニマルチと何やってたんだとかそういうのはとりあえずこだわらない。その程度のことには慣れた。

 そんなことよりセリオ。お願いだから大時代な黒いメイド服姿でエプロンドレスなびかせSAを所狭しと駆け回らないでくれないかな?

「みー」

「まだ逃げるおつもりですか、いけませんねここいらで全力疾走をば」

 そんな僕の意見なんかまるっきり聞こえちゃいないんだろう。フリフリのらぶりーなメイドコス姿でSAを走り回っているセリオ。逃げるミニマルチまでなぜか人形用メイド服を着てたりして、なにげにお揃い。まぁいいけどさ。

 それよりさっきから、マスターの僕にあたる周囲の視線が妙に生温かいというか「メイド萌えのロボオタのうえ、こんなSAで堂々と走り回らせてそれ見て悦に入る変態男。キモ!」みたいな嫌な空気をひしひしと感じるんですが?ねえセリオ?

 ていうかセリオ、わざとやってないかそれ?

「すみません大将。おちびさんが」

「あーはいはい商品をいじくりまわしてパッケージに穴あけちゃったのね、了解」

 とりあえず僕の心の声はさっぱり聞こえていないらしい。メイド服着たままで公衆の面前で僕を大将よばわりですか、そうですか。なんか悲しい面持ちで財布からなけなしのお札をとりだす僕。

 なんかもう、いろんな意味で末期な予感がするよセリオ orz

「すみません。ちょうど大将の食事のお時間でよかったですね」

 よくありません。

「なぁセリオ。僕ニンジン苦手なんだけど?次は他のにしてくれよ」

「そう申されましても、おちびさんの気まぐれですから」

 それ嘘だろ。僕の苦手そうなものばかりだし、君が何か指示してるんじゃないのか?

「違います。神に誓って嘘はいいません」

「そっかそっか。ちなみにセリオのいう神さまって誰?」

「もちろん私を作り出してくださった研究者の皆さんです」

 悪いけどその神様、技術はともかく人格面では全然信用できないと思うぞ。

「ところでセリオ」

「なんですか大将」

「やっとこ道産子言葉抜けてきたのに『大将』はそのまんまですか君は」

「したっけ固有名詞の変更は」

「いや、いきなり戻さなくていいから」

「注文が多いですね大将。塩すりこみましょうか」

「僕は注文したいのであって、注文されまくる趣味はないんだが」

 いきなりそんな古い小説ネタ出されても返答に困るぞ。

「ところでそろそろ休憩おわりですよ大将。先を急ぎましょう」

「いいけど僕の話も少しは聞いてくれないかセリオ」

 いちおう僕は君のマスターなんだけど?

「そんなことよりおちびさんがむずがってます大将。雨が降る前に車内へ」

「ん?あぁそれはまずいな、わかった」

 ミニマルチのどうでもいい特技のひとつ、天気予報能力。

 こいつはいっちょまえにGPSもどきの位置探知機能を持っているんだな。しかも常にデータリンクしている。なんだか凄い。

 で、さぞかし有能かと思えばそこはやはり玩具。お天気サイトの情報とこれを組み合わせてて、天気にあわせて喜怒哀楽が変わるという、ただそれだけのためにそれだけの高機能を無駄遣いしている。しかもこれは一般には知られないいわゆる隠れ機能でもある。

 なんだかな。凄いんだか凄くないんだか。

「それで、僕の話は聞いてくれないのか?」

「車に戻ったらお食事ですか。いいですねわかりました」

 やっぱり聞くつもりはないらしい。ちょっと悲しいぞ僕は。


 メイドロボは基本的に人間のいうことをきくように設計されている。そもそもロボット(robot)という言葉自体が「奉仕するもの」の意味をもつ。ひとの幸せに貢献するためにひとが作り出したもの、それがロボットのはずだ。

 そして言うまでもないが、人型のロボットはその中でも直接的に目に見える形で、ひとに奉仕する存在であるはずなんだ。

 なのにどうして、うちのセリオは僕のいうことをちっとも聞いてくれないんだろうか。

「……」

 ぽんこつ軽自動車は走り続けている。空は快晴。そして誰もいない。

 ここは東北道のど真中。ゆっくりと僕たちは関東に向かっている。東北道って道は基本的にがらがらで、盛岡周辺とか仙台周辺、郡山周辺という感じに周辺住民が抜け道として利用する地域を除けば基本的にただハンドル握って座っているだけに等しい。真っ昼間なのに見渡す限りた誰もいない、みたいな区間も存在する。こういうところは大昔、オートバイで日本中駆け巡っていた頃と全然変わらないようだ。

 こういう時、ひとの車の運転方法は二種類に別れる。ひとつは好き放題にがんがん車を走らせるパターン、そしてもうひとつはむしろ他者がいないのを善しとして可能な限り淡々とした等速運転に切替えるかだ。これは乗っている車の特質もあるが、なにより運転者の性格によるところも少なくない。前者を短距離競走型、後者をマラソン型と言い替えるとさらにわかりやすいか。僕自身はどちらに属するのかというとちょっと自信がないが、オートバイや車による長期旅行の経験のある僕は基本的に後者の運転をしているように思う。

 これは性格のためというより、そういう走りが染み着いているからだといえる。長距離慣れした職業運転手もたぶんそうだろう。もっとも彼らはプロであるがゆえに、仕事中とプライベートではスタンスが違うかもしれないが。プロ意識とは凄いもので、たとえばバイク便を長くやっているプロの選ぶオートバイは、プライベートでの好みもバイク便に都合のよさそうな車種でかためられるという面白い統計データを以前バイク誌で読んだことがある。もちろんこれとトラック野郎の意見が同列に語れるとは僕も思わないけど、プラスであれマイナスであれ職業運転の影響がプライベートに及ぶというのはやはり興味深い。仕事を仕事と割り切っていたとしてもやっぱり影響はあるということだ。

 まぁ残念ながらそのあたりは僕にプロドライバーの経験はほとんどないので、やはり憶測することしかできないのだけど。なにせ僕の経験ときたら、郵便外務のアルバイトでワンボックスで小包運んでた事くらいしかないからな。とてもじゃないがプロを語れるレベルとはいえない。

「大将、お茶を」

「サンキュ。あぁ、美味い」

「ありがとうございます」

 礼をいうのは僕のほうなんだが……ま、いっか。

 なんだかんだいって僕はセリオのいる暮らしに馴染みきっている。もし別れろなんて話になったらどうなるだろう。自分を保てるだろうか。

 もう失うのは嫌だ。

 そんなことを考えつつ、僕は車を南に走らせ続けていた。



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