人生にはいろいろある。
いち早く伴侶に出会い家庭を築くひと。仕事に燃えすぎてそちらに人生を使い込むひと。なんとなくぼんやりと過ごし、なんとなく生涯を終えるひと。
それぞれに人生であり、それには貴賎もなにもない。ロイヤルロードもコモンロードも人生は人生だ。それにはなんの変わりもない。
男の人生もそうだった。平凡な、いや平凡以下の人生を男は歩んできた。人並みの人生すらそこにはない。ただの冴えない貧乏人として生き、ただの冴えない貧乏人として孤独に死ぬ。ただそれだけのものでしかなかったはずだ。男は自分の最後を予想もしていた。おそらくは孤独死であると。つれあいもない男は自分の最後を、きっとひとりぼっちのみじめなものだろうなと考えていた。
だけど、それはそれでいいとも考えていた。
もともと自分は家庭的とはいえないのを男は知っていた。孤独が似合うとかそういうかっこいい意味ではない。だらしないし社交的でもない。自分の知的好奇心が満たされていればあとはどうでもいい。基本的に男は自分をそういう人間と考えていたし、そんな自分が愛する、愛されることなんてないだろうとも考えていた。
それが本性ならば仕方ないではないか。
「大将、おはようっす」
「おう」
僕が外に出ると、既にセリオはスノーダンプを用意していた。
スノーダンプというのは北国の除雪アイテムのひとつだ。車輪のない大きな
「セリオ。今日は僕がここをやる。君は輸送を頼んでいいかい?」
雪は町内の雪捨て場にまとめるようになっている。そこには各家庭の排水も流れていて日当たりもいい。生活水と陽光のダブル攻撃で融かすわけだ。
だけど、僕はそこに運んだことがない。場所は知ってるんだけど。
「いえ、大将は雪を運んでください。私がこちらを引き受けます」
「え?」
珍しい。役割分担でセリオが文句をいうなんて。
「セリオ。どこか調子悪いの?」
「いえ、実は」
セリオが何か言おうとした瞬間、セリオの頭の後ろから小さな頭がひょいと出た。ミニマルチだ。
「ありゃ」
ついてきてたのか。どおりで家ん中うろうろしてないわけだ。
「あぁ、そいつ連れてウロウロするのはさすがに危ないか」
「いえ、逆です」
「へ?」
セリオは首の後ろに手を伸ばすと、ミニマルチをむんずと捕まえて僕の上着に押しつけた。
「みー」
ミニマルチはたちまち、僕の服にしっかとしがみついてしまった。…ダッコちゃん(死語)か君は。
「作業に邪魔ですので持っていってください」
「おいおい」
「大将。御存じかと思いますが、私は動きの読めない動物の相手をしつつ作業するというのは不得手なのです。どちらかが疎かになると困りますので、雑多な作業の得意な大将が預ってください」
確かにセリオはそうだ。
介護にも使われるメイドロボなのに、セリオタイプは子供や動物を苦手とする。しかしそれには理由があって、子供や動物を相手にするとそちらに専業してしまい、雑多にいろいろこなしつつ彼らの面倒をみるという事ができない、という事らしいのだ。不可能とはいわないが学習に時間を必要とするんだと。
不思議な話だが、こういうのはマルチタイプが非常に得意らしい。家政婦用途に使われているマルチは子供や動物の相手が実に巧みで、子守りをしつつ洗濯をするマルチなんてのは結構よくみる光景だったりする。もちろん最初は失敗もするはずだが、仕事を覚えるのが滅法早いせいかあまり目立たない。
なんでも、もともとマルチはそういう機体らしいのだ。
セリオももちろん学習を積めば同じことができる。しかしそれにはマルチより長い学習時間を必要とするのだ。マルチもこれ自体は同様なのだが、そもそもマルチは学習機能「しかない」モデルで通信機能を全く持たないためか、持てるリソースの全てを学習につぎこむ。だから「おばかさんであるが覚えた仕事は早い」のだそうである。
いってみればそれは、マニュアルから入るか現物指向かの違いといえる。一般の家庭における雑務ではマルチタイプのアプローチの方が有利という事なのか。
ちょっとだけ理不尽な気分。
まぁそのかわり、マルチはその機能制限ゆえに専門知識のいる作業全般を覚えるのは苦手だ。なにしろ知識をわざわざ人間同様に「勉強」しなくてはならないのだから。その効率の悪さときたら、専門職でセリオを相棒とするひとをして「やってられねえ」ほどのものらしい。
つまるとこ、大型車と軽自動車のようなものだろうか。守備範囲が違うという意味で。
「わかった。けどセリオも子守りダメなんだ。知らなかったよ」
一般家庭にいたことがあるのなら、むしろ得意なんではと思ったんだけど。
するとセリオはちょっとシリアスな顔で、
「……まえのご家庭に幼児以下のお子さまはいらっしゃいませんでしたから」
「あ、すまん。思い出させちまったか」
「かまいません。個人情報保護法にかからない程度なら」
セリオは静かに、そんなことをのたまうのだった。
服にしっかとしがみつくミニマルチの感触を感じつつ、スノーダンプで雪を運ぶ。
重労働かと思われるかもしれないが、雪質のせいかとても軽い。むしろ雪上を歩くという行為自体の方が重労働なほどだ。雪捨て場まで何往復もするので、これがまた結構な運動なんだよな。
「!」
「あ、おはようございます」
面識がないせいか怪訝そうにみる主婦たちに挨拶し、雪を捨てる。朝の空気は壮快なんだけどこの瞬間だけちょっと気まずい。僕は社交性に欠けるからなぁ。引っ越しならいちおう挨拶するんだけど、そもそも出張という形で来ているからそこらへんのタイミングを逃しちゃってるんだよな。
と、
「わ、こら!」
「?」
背中を這い上がるミニマルチ。肩に小さな手がかかる。
「みー」
「おまえね。やっぱセリオのとこに行ってた方がいいんじゃないのか?」
「みー」
いや、そんなごろごろ猫みたいに甘えられても。
「てか背中ごしに顔出すんじゃない。僕が変なひとに見えるでしょうが」
「みー」
「いや、みーじゃなくて」
「……」
ふと見れば、おばさんたちが目を丸くしている。何か弁解しなくては、と思ったんだけど、
「あぁ、あんたがあのセリオちゃんの持ち主かい」
「はぁ?あ、はいそうですが」
セリオ「ちゃん」だぁ?
「もしかしてうちの奴、ご迷惑おかけしてますか?」
それはまずい。やっぱり僕も毎朝手伝わないといけないか。
考えてみればここは田舎だ。ロボットへの偏見も都会より大きいだろう。のどかで犯罪も少ないから安心だと思ったのは浅墓だったか。
だが、
「ああ違うわよ、とんでもない」
おばさんたちはケラケラと笑った。
「ここいらには一人暮しのおばあさんとかもいてね。セリオちゃんがいて大助りなのさ。あの子は率先してひとの手伝いもしてくれるからね」
へぇ。それは初耳だ。あいつ、なんで言わないんだろ?
「だけど話題になってたのさ。あの子はロボットだから、他のひとも手伝いなさいと指示されてない限りそういう仕事はしないものだろ?だいたい、自分が1雪ハネするのがいやでメイドロボに全部やらせるような手合いは2ハンカクサイのや3ヘナマズルイのが多くてさ。だから、持ち主は誰なんだろうって最近話題になってたんよ」
「あはは」
ちょっと笑いがひきつった。違う意味で僕はもう少し除雪に出るべきのようだ。
「面目次第もないです。僕ちょっとずぼらなもんで、夜遅いとついついセリオに任せっ切りになっちまって」
半分以上は言い訳だが、とりあえずそう言った。
おばさんたちもわかってるようで、うんうんと頷くと、
「ま、たまにはセリオちゃん手伝ってあげなさいな。いつもひとりじゃかわいそうでしょ」
「そうします……ってこら、頭に登るなってのいてててて!」
頭を下げた途端、何を考えたのかミニマルチが頭によじ登ってきた。
「……そのちっちゃいの、もしかしてそこに捨てられてた奴かい?」
「あー、もしかしてそうかも。うちのが拾ってきたんですが、ゴミ捨て場に捨てられてたって悲しそうにいうもんで」
「へぇ。あんた直したの?できるんだ」
「専門はコンピュータですがロボットも調子みるくらいなら。まぁ部品ないとできない事も多いですけどね」
「へぇ、じゃあ悪いけど頼まれてくれないかね」
「え?」
なんだなんだ?いきなり別のおばさんがやってきたぞ。
「実はうちにHM-9っつったっけ。古いロボットいるんだけど、最近動きが渋くてね」
「HM-9ですか?そりゃまた随分と大切にされてますね」
HM-9か。あれは寒冷地に弱いはずだから、潤滑系が心配だな。
「精密オイル交換してます?9型は関節が寒さに弱いんです。確か北海道仕様は精密オイルの交換を定期的にしないとまずいはずですけど」
「そうなのかい?」
「はい。……あぁ、なんならうちに連れてこられます?」
「え?」
「いや、チェックくらいならかまいませんよ……おぉいセリオ!」
「なんすかー大将?」
遠くから声がする。まだ除雪中のようだ。
てか、どうして外だと道産子風なのかね君は。
「HM-9型のパーツリスト落としといてくれ。あと04番のオイルまだあったか?」
「関節オイルっすかぁ?おちびさん用に買ったのが残ってますが」
「あーそれでいいや。準備しといてくれる?」
「はい。それはかまいませんが、9型の標準は6番じゃないっすか?」
「こらこら、それは標準。ここ北海道だよ?」
「わかりました。大将、この雪運んどいてくださいー」
「わかった。そこに積んどけ」
「はいー」
僕はセリオとやりとりした後、おばさんの方を見た。
「大丈夫そうです。で、その子はまだ歩けますか?」
「買い物させてるから問題ないよ。……でも悪いねえ」
「あはは、気にしないでください。僕がやるのは簡単なチェックだけですからね。だいたい修理となったら来栖川に頼むしかないんですし」
メイドロボの素人修理は危険なのだ。リスク承知で使うひとならともかく一般にはやるべきではない。
「わかった。じゃあ今連れてくるね。ほんと助かるわぁ」
「どうぞ。僕はその間にうちの雪運んでますから。セリオに別の仕事頼んじゃったし」
おばさんは嬉しそうに去っていった。
この事件がきっかけになって、僕にはちょくちょくお呼びがかかるようになった。もちろん本格的修理なんかはできないわけだけど、たとえば軽いメンテですむものなら僕がやってしまうし、やばいと思ったら来栖川に連絡する事をすすめる。いわばそういう「初期判断」の位置づけか。
え?お人好し?いや、そうでもないんだな。
田舎でご近所づきあいがあるというのは悪いことばかりではない。いろいろ便宜をはかってくれる事もあるし、なにより誰かに必要とされるというのは悪い気分じゃないと思うんだ。
いつのまにかセリオの服も増えたり。まぁこっちはこっちで別の問題っつーか、セリオがますます道産子風になっていくのでちょっと心配ではあるのだけど。
「……おちびさん、ご苦労さまです」
「みー」
「ん?何かいったか?セリオ」
「いえ何も」
「?」
1.雪ハネ:雪を撥ねること、つまり除雪。
2.はんかくさい:北海道弁。生意気なひとの意味
3.へなまずるい:北海道弁。ずるいひと、自分だけ楽して特しようとするひとの意。はんかくさいもそうだが、これもかなり悪い意味で使われる。