そこは札幌に支店をもつ某社の会議室。

 某社といっても、そもそもこの会社は「会社と名のつくただの商店」である。そもそも賞与どころか残業手当もなく厚生年金にすら加入していない。そんな劣悪な環境で働くひとがいるのかというと常識的にいえば居ないわけだが、どん底の不景気と集う人々の状況の悪さ、そして札幌の支店長などの良識人の存在(たとえば、貧乏な平社員のために格安チケットを探してきてくれるような人)が、そういう場所の存在をかろうじて許してしまっている。

「セリオ?うちの社員にメイドロボ持ちなんていたの?」

 管理職の誰かがそうつぶやいた。

「なんかの間違いじゃない?彼は借金こそないけどすごい貧乏なんでしょう?」

「いやぁ、それがですね」

 どこか不愉快な感じのする高めのキンキン声が、会議室に響いた。

「どうやら『里親制度』を利用したらしいんですが、どうも特例中の特例のような特殊な扱いらしいんです。色々なモニター制度の対象になる事と引き換えになってましてね。事実上、彼はほとんどタダ同然でセリオを入手した事になりますな」

「へぇ、それはすごい。いったいどんな抜け道を使ったんだろう?」

 何人かの役員が興味深そうに首をかしげた。

 彼らは里親制度について、中古販売のいちルート程度の感覚でしか理解していない。そもそも里親制度という機構自体が、不完全とはいえ「ココロもつもの」を扱うことから生まれた制度である事に思い当たることがないのだ。

 だがそれは無理もないのかもしれない。多くの人々にとりロボットは今も昔も道具にすぎないのだから。

「私も不思議に思って聞いてみたんですが、彼自身も知らないそうです。なんでも話によると、彼のメイドロボは前の持ち主が犯罪に巻き込まれて家ごと亡くなられているそうでして、理由があるとすればそれくらいじゃないかと」

「ああなるほど、事故車みたいなものか。それは確かに買い手がつかないかもね」

「しかし、車じゃないんだから故障癖があるわけでもないんだろう?丸儲けじゃないか」

「あ、それですが……彼の話だと、メイドロボにも『トラウマ』ってあるらしいですよ。ちなみに彼のセリオも人混みがダメだったり、いろいろ制限があって大変らしいですよ」

「なんで?そんなのリセットしちゃえばいいだけじゃないの?」

 確かに、家電的発想によればそうだろう。

 しかしHM-10番台以降のメイドロボはそう単純ではない。AIシステムの構造は、人の脳がそうであるようにデータもプログラムも区別なく有機的に結び付いてネットされているものなのだ。

 たとえばそれは人間でいうと「体が覚えている」類のもの。

 フルリセットは確かに可能だが、それは赤子からのやり直しに等しい事をしなければならなくなる。かといって「出荷レベルの経験情報をもう一度刻む」のは素人が考えるよりはるかに大変なことで、それこそ中枢ごと「既に出荷状態のものと入れ換え」た方が早いといわれるほど手間がかかる。ぶっちゃけ、新品より中古の方が高いというくだらない現状すら生まれてしまうのだ。

 人混みをいやがるのは確かに不具合だろう。だが、その点をのぞけば別に問題ないわけで、その一点を直すためだけに新品より高いコストをかけ、しかも今までの経験情報を全て捨てる事になる。それはそれで不合理な話ではないのか。

 実は、里親制度の発足の直接のきっかけはそこにあった。

 リサイクルコストを少しでも抑えたい経営陣。フルリセットなんて悲しいことをせず新しいオーナーの元にいってほしいと願う現場の人々。そしてAIとしての経験情報の貴重さを理解している研究者たち。それらの利害をつきあわせた結果が、「現状の問題点を説明したうえで引き取ってくれる方に格安で」という里親制度なわけだ。

 話を戻そう。

 彼らはAIについてのそういう知識はない。だが「単純にリセットというわけにはいかない」ということは理解できたようだ。

「しかし、なんでいきなりメイドロボなんだろうね彼は」

「そういう趣味だったんじゃないでしょうか?いい歳してバイク馬鹿かと思ってましたが、実は趣味が特殊だったと」

「なるほどなぁ。ま、おかしな方向に走らなきゃウチとしてはどうでもいいけど」

「あーでも、セリオならうちの仕事させられるんじゃない?彼、一人暮しだろ?昼間遊ばしてるんならもったいないじゃない。手当てあげるからって借り受けなよ。一般レンタル価格の1/10も出してあげれば彼も副収入になってうれしいでしょ?」

 それはそれで少々ひとをナメた会話ではあるが、小さな会社ではそれも生き残り戦術のひとつと言えるだろう。良心の痛む社員もいるが、やはりそれぞれ生活がかかっているわけで、だから、いちがいに責めることはできない。

 だが、

「それは無理じゃないかな」

 ぼそ、と年配の管理職のひとりがつぶやいた。

「どうしてです?やっぱりマニアだから?」

 そういう意味じゃないですよ、と男は微笑んだ。

「彼、結構あれで妙に古風で純粋なとこあるしね。扶養家族に外で仕事させるなんてもってのほかってタイプじゃないかと思いますよ」

「扶養家族ぅ?ロボットでしょ?」

 呆れたような声が飛び出す。だが男は苦笑するだけだ。

「そういうタイプの人間がいるんです。ロボットもひとと同じに見て家族として共同生活をする。まぁ本来は子供のいない夫婦や一人暮しのお年寄りに多いんですが。実はうちの親戚にもそういう者がいるんでね、なんとなくね、わかるんですよ」

 男は腕組みをして天井をみあげた。

「そういう連中を世間じゃセリィストと呼ぶそうですよ。彼もおそらくそのひとりでしょう」

「……」

 微妙な沈黙が会議室にたちこめた。

 どこかで、誰かの携帯の時計が時報を告げていた。


 会社から帰ると、いきなり家族が増えていた。

「なんなんだ。てかそのミニマルチどうしたのさ」

 どういうわけか、こたつの上にミニマルチがいた。

 冬の北海道はしばれる。今年は雪が多い反面気温はそうでもないらしいのだけど、それでも北国に慣れてない僕には結構つらいものがある。今日も震えながら戻ったわけなんだけど、

「……」

 いきなり出迎えたのは、こたつの上で毛布にくるまった見慣れないミニマルチ。そしてそれをじっと見ているセリオ。

「捨てられてました」

「おいおい捨てマルチかよ。マジで?」

 マジです、とセリオはつぶやいた。

 信じられんな。ミニマルチは昔のペットロボットみたいなもんだが結構これで高価なんだがな。どうしてだろう?

「おそらく四丁目に住まわれていた女性の方のものかと。この種のミニロボットは独身者が慰めに買うことも多いのですが、結婚や就職で転居する時に置いていってしまうケースがたまにあるんです」

「……そっか。で、この子はどこに?」

 ミニマルチは動かない。なんとなくそれで想像はついたが。

「ゴミ置場に。雪に埋もれて……電力は切れていました」

 無表情ながらも、セリオもどこか悲しそうだった。

「かわいそうなことするなぁ。どれ」

 北海道ではこたつなんて普通使わないのだけど、燃料代節約のためにセリオは最低限しか暖房を使わない。まぁぎりぎり凍結しない程度。

 そんなわけで、うちではこたつが現役だった。

「別に壊れてはなさそうだな」

「はい。寒さと消耗により電池が限界を越えたようです。電池以外の故障は認められませんが、結露により内部が凍っている可能性はあります」

「よしセリオ、室温あげてくれ。あとそれから小型の予備電池と精密工具。それとウエスも」

「よろしいのですか?」

「こたつじゃこの子が暖まれないだろ?こう冷えきってちゃ動きも鈍るしな。あぁ、ヒーターの前にも毛布出して。動いたら遊ばせてやろう」

 猫みたいにヒーターの前でごろごろ。きっと可愛いぞ。

「……わかりました。夕食はどうなさいますか?」

「軽いのでいい。この子が動いてから食べるよ」

「ありがとうございます」

「は?なにお礼いってんの?ほら急いで。ごはんより電池と工具が先だよ」

「わかりました」



あなたは?


PLZ 選んでください(未選択だとエラー)







-+-