カーナビとセリオ

「……」

 セリオはさっきからじっと注目している。

 僕とセリオは車の中にいる。レンタカーだ。商用の小さなミニバンタイプの軽自動車。青っぽい色の車体にレトロなメーターパネル。ずっと昔にも似たようなのがあったなぁと思う。

 車のデザインもスカートの長さも同じだと言ったひとがいる。つまりその流行はくるくると回っているということだ。四角くなったり丸くなったりするそのさまは、確かに長くなったり短くなったりを繰り返すスカートの流行にも似ている。

 で、セリオはそのパネルをじっと見ている。

「……」

 セリオが注目しているのはカーナビの画面だ。技術的にいって今や古きよき時代の産物でしかないカーナビなのだけど、セリオはその画面をじっと眺めているのだ。飽きもせずという言葉がロボットの彼女にふさわしいのかどうかはわからないが、まさに「飽きもせず」じっと眺めている。

 なんだかな。セリオにはそのカーナビを遥かに凌駕する機能があるんだが。

「セリオ、何か面白いの?」

「……」

 セリオは何を問うでもなく、カーナビの操作を続けている。

 時おり『おはようございます』『右ボタンを押してください』などと女性の機械音声でガイダンスが入る。セリオはそれをひとつひとつ、丁寧に確認するように操作を続けている。

 興味深そうだなぁ。セリオにもレトロ趣味とかあるんだろうか?

 実際そうセリオに問うてみたんだけど、

「それは違いますよ大将」

 僕の質問の意味をはかりかねるように少し俯いてから、そうセリオは答えた。


 そもそも『ドライブしましょう』と言ったのはセリオだった。

 セリオと暮らすようになって本当にいろいろあるが、休みも終わりに近付いたこんな日に突然言い出したのには驚いた。昨日の事もあり、僕は僕で思うところがないでもなかったんだけど、

 だけど、ふたりっきりでドライブもいいかなと思ったんだ。当然ながら最初僕はカブでのんびり行こうと思ったのだけど、

 クルマにしましょうとセリオは言ったんだ。

 僕は運転こそ最近の軽四輪から果ては手動デコンプつきディーゼルの古い二トン車までいちおうできる。だけど、それは田舎でアルバイト生活をしていた時期に乗ったものであり、都会を走った経験はほとんどない。都会暮らしにはオートバイが最適と二輪に長く乗りつづけたこともあり、その都会を車で走るというのには結構躊躇した。

 カブでなく車でという理由を聞いたら、

『それではいつもと同じになってしまいます。どうせなら徹底的にと考えました』

『なるほど』

 つまり、貧乏な僕と車で外出ってのは「普通ありえねー話」ですかそうですか。的中し過ぎてて反論のしようもないのがちょっと悲しいぞコンチクショー。

 まぁいい。そんなわけでセリオにルートや車種選択も頼んだのだった。


 セリオはまだカーナビの画面を見ている。

「大将」

「なに?」

「ここに行ってください」

 セリオの指さす先はずいぶんと山の中だった。

「いいけど……ここに何かあるの?」

「はい。予想通りならば」

「?」

 まぁいい。何かをセリオは見つけたという事なのか。

「次の信号で左折してください」

「ん、了解」

 言われた通りに左折する。

「なんだかよくわからないけど、この道で間違いないの?」

「はい、おそらくは」

 おそらくは?珍しいな、セリオがそういう言いかたするなんて。

 聞いてみるとセリオは

「大将」

 そう言って小さく微笑んだ。──微笑んだ?

「ネットにある情報が全てではありません。このカーナビゲータ端末もそうです。この機械のもつ地図情報の一部は現在メンテナンスされておりませんが、メイドロボのサテライト・ネットワークにある情報とは一部に食い違いが見られるのです。誤っているわけではなく、情報入力の基準や尺度に問題があるのでしょう」

 そういってセリオはまたカーナビの画面をのぞきこんだ。

「へぇ」

 そうか。両方のデータの相違に何かを見つけたってことか。

「いいぜ、新年そうそう面白そうじゃん。道はこのままでいいのか?」

「はい、このままお進みください。計算通りですと右手に古い看板が見えてくるかと思われます」

 普通のマスターならもっと詳しく訊くのかもしれない。だけど僕はこれでいいと思った。

 多くを訊く必要はない。必要ならセリオは言うはずだし、僕もそこまで考える必要はない。

 だから、僕はそのまま指示されるままにクルマを走らせた。



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