変化

 それは、安価なロボットから始まった。

 セリオの低価格商品であり姉妹機の『HM-12型マルチ』。彼女らはセリオと違いサテライト機能をもたず、自らの学習結果のみに頼るモデルであり、はっきりいうと単なる普及品ロボといえた。外見こそ子供っぽいかわいらしさではあったが。

 もっともこれは仕方のないこと。当時すでにオリジナルマルチ、つまり採用を見送られた試作品マルチについての『伝説』はマニアの間でも知られていた。その、あまりにも高度な学習能力ゆえにオリジナルマルチは市販モデルになることができなかったという。人間のように泣き、笑い、ついには人間の少年と恋にまで落ちたというのだから恐れ入る。

 話に聞いた時は仰天したものだ。ひとの作ったロボットが、そんな境地にまでとうとう届いたのかと。

 確かにそれは凄まじい。だけどそれでは売ることができないのは素人目にも明らかだ。爆発的に売れるかもしれないが、あちこちから問題が出てしまうだろう。なんのことはない、人間側の問題で彼女たちを受け入れられないんだ。欲望や宗教に目を濁らされた人間はきっと彼女たちを、そして自分たち人間自体も不幸にしてしまうだろう。

 結局のところ、マルチは安さが売りのモデルにするしかなかったわけだ。

 だけど、マルチの挑戦は決して無駄になったわけではないらしい。

 安価ゆえに普及したマルチたち。だが「数ゆえにできること」だってある。

 彼女らの膨大な経験情報は仲間どうしのデータ交換(井戸端会議というらしい)、そしてメンテナンスなどのおりに頻繁にやりとりされた。彼らはAIであるがゆえに「より成長を求めて」こうした情報交換を自発的に行ったし、その対象は同型のマルチのみならず、セリオたちをも巻き込んでいった。

 うちのせりながいい例だろう。父さんが死んだ時、せりなは自己判断で僕を迎えにきた。あたりまえじゃんといわれるかもしれないが、所詮は進歩した計算機の親玉だった本来のセリオにはそんなことできなかったはず。なのにできた。理由は簡単、AIが進歩して賢くなり、自分から判断して動くということが可能になったからだ。

 単なるイエスマンから「意見する者」「共にある者」へ。

 「人間には『気のきいた』類人AIは作れない、なぜなら人間を完全にサポートするには人間同様の社会経験が必要だからで、AIはそれを得られないから」というのはAI研究の古典的ジレンマだが、彼女たちは数を頼りにその壁を破ってしまったわけだ。それも自分たち自身の力で。

 それこそが後に『マルチ革命』と社会活動家の藤田氏が言うところの社会的進化への一歩なのだが、当時の僕はまだそれを知らなかった。


 三月三日、ひな祭り。女のきょうだいのいない僕には元来無縁のイベントだった。

 だが今回は違う。

「こんにちはお兄ちゃん。(まれに)です」

「……」

「お兄ちゃん?」

「あ、ああごめん」

「??」

 なんてこった、たかが「お兄ちゃん」で感激するなんて。僕ってそんな涙もろい人間だったかな?

 なんとなく母さんの目線が気になるが、ここは無視無視。

 目の前にいるのは、父違いの妹。再婚後に母さんが生んだ女の子。まだ小学生だ。

 しかし(まれに)とはまた珍しい名前だなぁ。

「えっとね、希の名前は『きぼう』からとったんだって。ずっとしあわせにくらしてねって、そういう意味なんだって」

「なるほど」

 よく聞かれるんだろうな。希ちゃんは僕に聞かれる前にそう答えた。

 ここは母さんたちの家だ。父さんの葬式の時に話したとおり、僕は母さんの新家庭に招待されていた。せりなは当然だが留守番。来たのは僕だけだった。

「こんにちは泰介君。お父さんの葬式以来だね」

「どうもです」

 母さんの結婚相手。コウジさんという人と挨拶をした。

「なんかすみません。わざわざ仕事まで休んでくださったみたいで」

「なぁに。(のぞみ)……その、君の母さんの希望でもあるしね。家族みんなで君を一員として迎えたいとね。

 聞けば君はオートバイが趣味だそうだね。私も昔は乗っていたが、今はもっぱら車でね。興味もあったんだよ」

「そうですか」

 会話、終了。

 バイク好きは事実だ。校則の都合で登校には使ってないけど、うちは父さんが死ぬまで現役のバイク乗りだったから家にはいつでも乗れる僕用のオートバイが昔からあった。父さんのおさがりだけど。小さい頃、家族みんなでキャンプがてらバイク遊びにいった写真まであるくらいなんだ。

 バイクはいい。いつかせりなにもバイクからの景色を見せてあげたいと思っている。まだまだ先のことかもしれないけど。

 だけどこの人に話題にされたくない、なぜかそう思った。

 と、そんな時だった。

「お食事をお持ちしました」

 そんな声とともに、ひとりのHM-12が部屋に入ってきたんだ。


 たちまち母さんの眉がつりあがった。

 あいかわらず母さんはロボット嫌いのようだ。そしてそれは側に誰がいようと徹底してもいた。

「ちょっと希。ママがいる時はロボットは止めておきなさいって言ったでしょう?どうして動かしてるの?」

「知らない。希はお部屋に入っててって言ったもん」

 母さんの言葉に、希ちゃんがぷうっとふくれた。

「申し訳ありません。これは私の独断でございます。お嬢さまの命令ではございません。お嬢さま、お気を悪くされたようで申し訳ございません」

「え?う、うん、いいよ希は。でもどうして?」

 はい、とHM-12は答えた。

「本来、奥さまがおられる時は私は休息に入るお約束です。それはもちろん承知しております。ですがせっかく皆様揃われての団欒です。裏方などは私にお任せいただければと思いまして」

「道具が意見すんじゃないの、黙りなさい」

「はい、申し訳ございません」

「謝れなんて命令してないでしょ?命令よ、黙れ!」

「……」

 母さんがHM-12を一喝し、HM-12は静かに頭をさげた。

「どういうこと?なんで勝手に動いてるの?希、あんた本当にちゃんと命令したの?」

「言ったよぉ」

「どういうことかしら?故障?」

 さすがに僕は呆れた。

 いくらなんでもこの対応はないだろう。ロボット嫌いはわかるけど、子供の前で、ひとの姿でひとと同じに会話するもの相手にとる態度じゃないだろう。教育上も物凄く悪い。

 本来なら外来者である僕が口出しするのは失礼だろうけど……黙っていられない。

「母さん、悪いけど黙ってくれるかな」

「え?」

 驚いたように僕をみる母さんを無視すると、僕は立ち上がってHM-12の前に移動した。

 お、よくみると可愛いメイド服じゃん。

 下手糞だけど飾り字で刺繍がされている。名前みたいだけど……Monica(モニカ)?この子の名前だろうか。

「頭をあげてくれる?あと、しゃべってもいいから」

「……はい」

 HM-12は少しだけ躊躇すると、ゆっくりと顔をあげてくれた。

「僕がきたことで余計な厄介をかけたみたいだね。悪かった」

「とんでもございません。御迷惑をおかけしてしまいました」

 うんうんと僕は頷き、HM-12の肩を叩いた。

「気持ちはすごく嬉しいけど、母さんがロボット嫌いなの知ってるよね?来客の僕のためにあえて頑張ってくれるのはありがたいけど、そのために母さんが不愉快になってしまってはあまり意味がないと思う。

 わざわざ起きてきてくれたところ追い返すみたいで悪いけど、今日のところは母さんの顔をたてて引き下がってくれないか?」

「……」

 HM-12は少しだけ僕の顔を見て、皆をぐるりと見回した。

 そして一歩さがると丁寧に、しずしずと一礼をした。

「大変失礼いたしました。休息に戻らせていただきます。御用の際にはお呼びくださいませ」

「うん、よろしくね」

「はい、タイスケ様」

 そう答えるとHM-12は部屋を出ていった。

「……」

「……」

「……」

 なんというか、背後が妙に静かだった。視線が痛い。

「タイスケ、あんたロボットの扱い妙にうまいわね」

「そりゃまぁ、うちにはせりながいるし」

「せりな?」

「ロボットの事よコウジさん」

「そうか。ところでロボットに泰介くんの名を教えたのは君かい?」

「まさか。希、あんた教えた?」

「……!え、な、なにお母さん?聞いてなかった」

「ふむ……あぁそうか。私たちの会話を聞いてたのかな」

「やだ、やめて頂戴。機械が立ち聞きなんて気持ち悪い」

 なんというか、反応に困る会話がなされていた。


 深夜になり、皆は寝静まった。

 いっしょに寝ようかという母さんの言葉を僕は断った。ここは二階建てで郊外だし、二階に空いてる部屋があるならそこで寝たいと頼んでみた。せりなと住んでいる家は町の中であまり景色がいいとは言えなかったから、どうせなら目覚めた時に綺麗な景色が見たいと思ったからだ。

 二階にはふたつの部屋、そして物置部屋があった。ひとつの部屋は希ちゃんの部屋で、ひとつは来客用の空き部屋。そこを僕は借りる形になった。

 そして物置部屋は、僕の予想通りなら……。

「やぁ、やっぱりここか」

「タイスケ様」

 部屋は真っ暗だった。もともとは普通の部屋のはずだか雨戸は閉められているし、部屋は荷物だらけだった。埃っぽさが少ないのはきちんと掃除されているからだろう。

 メンテパソコンの画面の光が異様にまぶしい。そばにHM-12の横顔が映えていた。

「失礼するよ。えーと、モニカでいいのかい?君の名は」

「正しくはモーニカだそうです、タイスケ様。ドイツ語の人名事典から希様がつけてくださいました。……刺繍で気づかれましたか」

「うん。希ちゃんが縫ってくれたんだろ?」

「はい。刺繍を教えてくれとおっしゃられてお教えしましたら、この通りです」

 そういってモーニカは微かに微笑んだ。せりなと同じ、ほとんど表情の動かない微妙な笑いだ。

 ふむ。仲のいいのはいいことだ。

「さっきは悪いことしたね。あとで母さんに怒鳴られなきゃいいんだけど」

「問題ありません。私のマスターは希様でございますから」

「へ、そうなの?」

 はい、とモーニカは答えた。

「マスターとオーナーは違います。オーナーは旦那様なのですが、旦那様は家庭の事は奥様の裁量に基本的に任せる方です。奥様は登録書類などをほとんどお読みになりませんでしたし、マスター登録についての説明もお聞きになりませんでした。タイスケ様のおっしゃるようにロボット嫌いのためでしょう。私は、おふたりが仕事に行かれている間もこのお屋敷におりますから」

「なるほど。自然と一番よく話すのは希ちゃんってわけか。で、その時にあの子がマスター登録をしたと」

「はい。オーナーのお子さまですし、第一守護対象でもあります。マスター登録の条件に合致しますし、私の説明を聞いた希様はきちんとマスターである宣言をしてくださいました。よって、私のマスターは希様となっております」

「たはは、そりゃまた凄い話だなぁ」

 マスターとはつまり第一命令者だ。持ち主と命令者が違うことは決して珍しいことじゃないから、稼働後にマスターは自分がマスターであると指示し、登録させることを最初に行う。新品パソコンのセットアップ作業のようなものだ。

 でも母さんはそれをしなかった。きっとオフィスで働く『社員みんなが命令者で特定マスターのいない』メイドロボを見過ぎてるせいだろうな。マスター登録に気づかなかったのは。

 と、いけない。質問を忘れていた。

「そういえば、モーニカは僕の名前を誰に聞いたの?希ちゃん?」

「いえ違います。この方です」

 そういうとモーニカは手首を外し、メンテパソコンに直結した。

 何か通信中のような画面が流れて……

「ありゃ、せりなじゃん」

「はい、タイスケさん。もうおやすみの時間ですよ」

 画面の中にせりなの顔が映った。

「はいはいもう寝るよ……って、よく事前にモーニカに連絡できたね。僕ですら母さんちにメイドロボがいるの知らなかったのに」

「それでは、おやすみなさいタイスケさん。モーニカさん、タイスケさんをよろしくお願いいたします」

「了解いたしました。せりなさん」

「ってこら話をきけって……言いたいことだけ言って切りやがった」

 やれやれ。

 ふうっと僕がためいきをつくと、手首を元に戻しつつモーニカが微笑んだ。

「ねえモーニカ。せりなといつ知り合ったの?」

「さぁ、いつでしょう」

「うわ、かわいくねえ!」

 わざとらしく首かしげてるし。

 うっふふふと笑うモーニカの姿は、せりなのそれにどこかよく似ていた。


 後になって、通称『井戸端会議』というメイドロボの情報ネットワークについてせりなに知らされた時、僕はようやく僕の名前の出どころを知ることになったのだが。

 でもまぁ、それはまた後の話である。


((まれに)の名称出典: 大野安之『That's イズミコ!』より)

あなたは?


PLZ 選んでください(未選択だとエラー)







-+-