(本稿は18禁です) → 帰る
その日学校が、突然に半日休みになった。
理由は覚えていない。確か学校の内輪の理由で、突然に午後の授業がとりやめになったんだ。学校設備が使えないので今日は本当に文字通りの半ドンで、クラブもなかった。友人たちにさよならを言った僕は、せりなの顔見てのんびり音楽でも聞こうかと家路を急いでいた。
とても晴れた日だった。文句なしの快晴で、空には一本の飛行器雲がのびていた。冬だというのにどこか、ぽかぽかした温暖な日でもあった。
「あれ?」
家の鍵は空いていたが、せりなが出てこなかった。「おかえりなさい」の声もない。いつもなら仕事していても顔くらいのぞかせるのに。
いやな予感がした。
「……せりな?」
どうしてか、僕の声は小さかった。大声で呼ぶことがなぜかためらわれた。家の中が不穏な静けさに包まれていて、僕はなんとなく足音を殺して奥に向かった。
「!」
あえぎ声がする。もちろんせりなの声ではない。せりなはロボットだから荒く息をつく事なんてないからだ。
僕はぬき足さし足でその声の方に向かい、そして、
「!!」
固まってしまった。
父さんがせりなを犯していた。
全裸の父さんが、よつんばいのせりなに後ろから覆いかぶさっていた。こっちから見るとオヤジのきたない尻が目の前にあって、それが父さんを見たこともないほど醜い存在に感じさせていた。
「ほう、こっちの機能もなかなかよくできてるじゃないか」
無縁慮に乳房を撫で回す手を、僕は呆然と見ていた。
「おやめください。タイスケさんに見られてしまいます」
「なんだ、あれに見られるのが嫌なのか?機械のくせにいっぱしの口ききやがって。どういうプログラミングしてるのかね」
父さんの手がせりなの股間にのびた。クリトリスあたりをつまんだのかもしれないが、せりなはピクリとも反応しない。
そんなせりなに『ち、やっぱり人形は人形か』と嘲るような声がした。
せりなは動かない。
動けないのか動かないのか僕にはわからない。だけど、もともとせりなは嬌声もあげていなきゃ息も乱してない。ロボットなんだからあたりまえなんだけど。
だけど、その空虚な反応が僕にはまるで、むりやり犯されて泣いてるように見えた。
止めたい。
だけど身体が動かない。ガクガクと足に力が入らない。そこに自分が立っているのかどうかすら定かではない。
見られてはならない、そんな気もした。
せりなは家族だ。家族がひどい目にあっているんだから止めなくてはならない。そんなことは理屈以前にわかってる。
だけど、父さんだってせりなの言うように僕の父さんだ。そして父さんはせりなのマスターでもあるんだ。僕はせりなの家族だけどマスターじゃない。今の僕に止める権限はないし、力づくで父さんを引きはなす力も僕にはない。
僕はやっとのことで、家から逃げ出した。
夕刻になった。
公園はもう
父さんはどうしてあんなことをしたんだろう?
こういっちゃなんだけど、父さんはわりと女性関係にだらしない人だ。何度かせりなが知らない女の人の下着を洗ってるのを見たことがある。僕がいない時に女の人をつれてきたのかな、ということくらいはさすがの僕も気づくようになっていたし、それが何を意味するのかも薄々わかってきていた。
でも、せりなに手をだすなんて思ってなかったんだよ。
『ち、やっぱり人形は人形か』
父さんのつぶやきが耳から離れない。
「タイスケさん、探しました」
ふと目をあげると、そこにせりながいた。
せりなは夕日に染まっていた。夕日の鈍い赤をおびた怜悧な顔が、どこか不安をそそった。
一瞬の沈黙の後、せりなは切り出した。
「携帯電話の電源を切っておられましたが、どうかなされたのですか」
どうかしたのは僕でなくせりなの方だろ。
僕が何も言わずにいると、せりなの方が言葉を続けた。
「落ち着いて聞いてください、タイスケさん。──お父様が事故を起こされました」
……はい?
「先ほどのことです。出張のために荷物をとりに戻られていたお父様は、時間が遅れたことでよほど
……なにを、言ってる?
「現地で事故に遭遇したHM-13型と病院のネットワークからの情報では、ほぼ即死されていた模様です。御存じのようにお父様のスクーターは小型二輪のものですが、ブレーキの故障があったのではないかと見られています」
「故障?」
僕はようやく、その言葉をひねりだした。
「そんなばかな。ブレーキの故障なんてせりなが見れば一発でわかるじゃんか」
どうしてせりなが見落としたんだ?
「すみません。私は他の作業中でスクーターの整備をする事はできませんでした。私は念のために軽整備を申し出たのですが、お父様は時間がないからとおっしゃいまして」
「……」
せりなをおもちゃにしてたから時間がなくなったのか、父さん。
「お父様のスクーターは会社にほとんど置きっぱなしのため、私が整備する機会は今まで一度もありませんでした」
そしてせりなはゆっくりと僕に頭をさげた。
「お叱りなら後でいくらでも受けます。解体処分されるならそれでもかまいません。ですが今はその時ではありません。──お父様のところへ行ってあげてください」
僕は、自分の足元がぐらつくような気持ちを無理矢理おさえながら、
「わかった」
それだけ、やっと答えた。
葬儀はそらぞらしいものだった。
大勢のひとが父さんの弔問にやってきた。だけどそれは背広の偉そうな人や、いかにも「仕事できています」風の冷たい感じの女の人ばかりで、悲しんでいる感じのひとはどこにもいなかった。
「さ、タイスケさん。次です」
「うん」
せりなは僕につきっきりだった。
ここにいたって、せりなは果てしなく有能だった。まだ子供の僕をフォローして手続きやら挨拶に駆け回り、その全てに僕を連れ歩いた。
「ロボットとはこうした時のためにいるのです」
問うてみると、せりなはそう静かに答えた。
「細かい事務手続きは全て私が代行します。タイスケさんはただ、お父様の子供であり喪主として挨拶してくれればそれでいい。故人を悼み悲しみ、そして彼岸への旅立ちを見送ってあげる。そちらの方に心を向けてあげてほしいのです」
そこまで言って、せりなは僕の顔を見た。
「タイスケさんがお父様をどう思われてても……これが最後なのだということを忘れないで」
「……せりな」
あの時、僕にきづいてたのか?
いや、むしろ気づいていて当然だろう。どんな帰り方をしてもせりなが気づかないことなんてなかったし、成績簿を隠し通せたこともないんだから。
「ああ、そうだねせりな。わかったよ」
僕がそう返していると、
「タイスケ」
せりなを遮るように母さんが現れた。
母さんは当初、葬儀の手伝いのつもりで来たようだ。だけどせりなが有能にてきぱき動くもんで仕事がなく、また僕が常にせりなと一緒のせいか大層機嫌が悪そうでもあった。
「ごめんねタイスケ。情けないけど、母さんあまり役に立ってないみたい」
「そんなことないさ。母さん、父さんのために泣いてくれたじゃないか」
父さんの遺体の前で泣いたのは母さんだけだった。
どういう気持ちで母さんが泣いたのかはわからない。だけど、怒りとも嘆きともつかない小さな嗚咽と「ばか、タイスケほったらかしてあんたどうする気なの」と咎めるような苦悶の言葉を僕はしっかり聞き取った。
他の誰がここまで父さんのために泣いてくれるってんだ?
母さんの顔をみるのはひさしぶりだった。だけど、懐かしい以上の感慨はもう僕には湧かなかった。
「ねえタイスケ」
と、母さんは僕に改まった言葉をかけてきた。
「今こんな時に言うのはなんだけど、母さんのところへ来ない?こんなところにひとりぼっちじゃ寂しいだろ?」
──ひとりぼっちじゃ寂しいだろ、か。
母さんは結局、せりなのことを道具としか考えていないようだった。でも僕はそのことに反論するつもりは今さらなかった。
だって、父さんのつぶやきを思い出してしまったから。
『ち、やっぱり人形は人形か』
せりなを犯しながら、そのせりなにそんなひどい言葉を投げた父さん。だけど、せりなに対する以外では父さんは悪い人じゃなかったと思う。
女性関係の問題とかいろいろあったとは思うし、ちっとも家にいなくて縁遠くもあった。
でも、それでも少なくとも悪い人ではなかったと思うんだ。
ならば、最初からせりなにいい顔をしていない母さんは?
「うれしいけど、僕はひとりで暮らすよ」
僕はそう答えた。
「僕は確かにまだ高校生だ。でももうすぐ大学生になる。お金の問題ならどうにかなりそうだし、どうしてもダメって事になるまではがんばってみたいんだ」
新しい母さんの家族に遠慮して暮らすなんてごめんだ。それに母さんの世話になるならせりなを連れてはいけない。
だけど、その言葉は飲み込んだ。かわりに父さんの遺影をじっと見て、僕は顔をひきしめた。
せりなは誰にも渡さない。父さんにも二度と触らせない。
せりなは僕のものだ。僕が守る。
「──そう」
母さんはそんな僕に何を感じたのか、そんなことを言った。
「でも、ときどき見にくるよ。ロボットだけじゃ家の中も大変だろ?」
「そんなの今までと変わらないよ。今までだって父さん、家になんか全然いなかったし、たまに戻ればお客さん連れだったんだからね」
「……あんの宿六が」
眉をしかめて父さんの遺影をみる母さんは、昔のまんまだった。
「でも、そういう事なら家じゃなく外で逢いたいな。母さんロボット嫌いなんだし、自分が仕切ってた家をロボットが仕切ってるとこなんか見たくないだろ?」
「あんた、やなとこ父さんに似たわね。確かにそうだけどさ」
ふうっと母さんはためいきをついた。
「じゃ、ときどきごはん呼んであげよっか。あんたの妹にも会わせたげるし」
「妹ったって、相手の人の連れ子だろ?」
ちっちっ、と母さんは指をふった。
「正真正銘母さんの子さ。あんたとは父違いってことになるけどね。可愛いわよぉ〜♪」
確かに、そのくらいの年数はもう過ぎていた。
「あのひともバツイチだけどね、前の奥さん身体弱くて子供がいなかったんだよ。だから子供は
「そう」
せりなの視線を背後に感じながら、僕はそう答えた。