事情

マルチから聞いた話は、こういっちゃなんだけど聞けば聞くほど冷や汗もんの内容だった。

つまり、モーニカと僕の会話をまのあたりにした(まれに)ちゃんは僕という人間に強い関心をもったらしい。だけどモーニカは希ちゃんが母さん抜きで僕に接近する事により、母さんがどう動くかわからないという危険性を重く見たようだ。で、事態を打開する方法についてメイドロボたちの井戸端会議にかけたわけだが、その中で藤田マルチ、つまり目の前にいるこのマルチに相談する事が提案されたらしい。

なんでも、彼女は単に古い試作型というだけではなく、メイドロボでありながら来栖川重工の正式な社員という極めて特殊な立場にあるのだという。さらに彼女のマスターは藤田浩之氏といって、来栖川のトップなどにもパイプがあるうえに、この種のメイドロボ問題を頻繁に扱う立場にあるらしい。なんでもこのふたり、通称『藤田夫妻』は世界中のメイドロボたちに名前が知られていて、こうして火急の件などで依頼がくる事もあるのだという。

普通に考えれば大げさとしか言いようがない。

だが実際にはこの選択肢が大きく成果をあげた。つまり各種の情報から推察するに、モーニカと僕を見て希ちゃんが関心を抱いた、まさにその同じ一件で母さんが動いた可能性が高い。マルチと藤田氏は希ちゃんの話を聞いているうちにひっかかる事があり、緊急で裏付け調査をして今回の危険に気づいた。タイミングとしては本当にギリギリだったんだという。

そうか。本当に僕たちは助けられたんだ。

「ありがとう。いや、本当にありがとうございました」

頭の下がる思いっていうのはこういう事を言うのだろう。何もできない僕はただ、頭をさげる事しかできなかった。

「頭をおあげになってください、泰介様」

しかし当のマルチは困ったように笑うだけだった。

「いや、でも僕には他にできる事なんかないし」

「そうですか……では、ちょっとだけ裏話でもさせてもらってかまいませんか?」

「裏話?」

「はい」

顔をあげると、マルチは苦笑していた。

「実はですね、今回のような事件は最近増えているんです。メイドロボを家族の一員のように考える世代と、それを忌み嫌う世代。今の世の中はもはやメイドロボなしには成り立たなくなりつつありますけれど、それとこれとはまた話が別なんだと思います。今回は幸いなことに未然に収められましたけど、とても悲しい結末になってしまった事も一度や二度ではないんです。

浩之さんとわたしが今のお仕事についているのも、実はその事もあったんです。わたしはちょっと特殊な立場のメイドロボなんですが、どこかからわたしに関する情報が漏れてしまったようなんですね。それでも浩之さんが大学生のうちは浩之さんのご自宅を守って暮らしていたんですけど、ある日とうとう中まで人に入り込まれる事態になりまして」

「人に入り込まれる?」

「自称・メイドロボ排斥運動の人たちです」

マルチの笑顔が、悲しげにくもった。

「あの日、わたしはひとりでお留守番をしていました。浩之さんのお友達のひとりなんですが、久しぶりに訪ねていらっしゃいまして、浩之さんはもうすぐ戻られます、よろしければどうぞとドアをお開けしたんです。……でも」

「ああいい、細部は聞かなくてもわかるから。しかしよく無事だったね」

「そうですか。はい、ありがとうございます」

友達は偽者だったか、あるいはその友達の背後に暴漢たちがいたんだろう。小さな問題ではないが、少なくとも僕が軽く聞いていい話題じゃない。

そのあたりを察したのか、マルチもそれ以上は言わなかった。

「そもそもですね、わたしが浩之さんのお宅に居ましたのは浩之さんが正規の『ご主人様』だからなんです。試作型であるわたしがどうして浩之さんの元で暮らしていたのかは、まぁその、色々あったんです。でもこれは本来、誰も知らない内緒の事であるはずでした。もちろん研究所の担当の皆さんは把握していたわけですけれど、定期的にメンテナンスその他で『帰省』してましたので問題はありませんでしたし」

「誰かにばれちゃったんだ?」

「はい。それも、幸か不幸かなんですが、来栖川芹香様と綾香様。つまり来栖川トップのおふたりに」

「ほう」

いったいどういうつながりだったんだか。まさかとは思うが、その浩之さんとやらが二人と友達だったから、なんてベタなオチじゃないだろうな?

「ですけど、その事も良かったようです。わたしの事がばれてから、おふたりの直接の指示で、浩之さんの家は来栖川本家の専属ガードマンによって監視されていたみたいです。わたしが一般モデルでない事を誰かが嗅ぎつけている可能性があって、そこから悲劇になる可能性を憂慮されたみたいです。

結果、悲しい結末にはならずにすみました。私は壊されずにすんで浩之さんもご無事でしたし、乗り込んできた来栖川の方たちが事態を納めてしまいました。それでも何やら陰謀論を持ち出す人もひとりだけおられたんですけど、その人にも来栖川の方が浩之さんの立場について簡単に説明していました。浩之さんが芹香様の高校時代のご学友である事、しかも高校時代のわたしの実証試験にも協力してくれた人物である事。そして現在は研究所勤務志望の学生さんであり、そうした流れで特別仕様を貸与(たいよ)、実地テストしてもらっているのだと簡単に説明して、それで納得してもらっていました」

「なるほど……」

てーか、やっぱりお友達人脈なのか。なんていうか凄い人なんだな。

「ですが、この件で結局このままは危険だって話になったんです。浩之さんはちゃんと自分のお金でHM-12を購入された本当の正規ユーザーですけれど、さすがにわたし自身までそうかと言うと来栖川は当然納得しませんし。で、その時点でも浩之さんはラボ関係の声がかりでしょっちゅう来栖川ラボに出入りしていたんですけれど、特別に寮に住み込める事になりまして。同時にわたしも浩之さんの補佐という形で来栖川の庇護下に戻る事になりました」

「……そうか」

コメントのしようがない。僕はためいきをついた。

だがコンピ研の部長の話などともそれは一致するし、今回の件で僕が感じた印象も同じだった。やはり僕たちは普通ではなくて、母さんのような人たちには異常者、異端者に見えるという事か。

こんなことをマルチやセリオに聞くのは酷い事かもしれない。だけど僕は聞かずにはいられなかった。

せりなは首をかしげた。解答に困った時によくやるポーズだ。うん、そうだろうな。

だけどマルチは違った。「それはですねえ」と少し首をかしげて、そしておもいっきり苦笑いを浮かべつつ。

「立場によって答えは異なると思います。だけど泰介様はもちろんそれをご存知の上でお聞きしているんでしょうから、わたしの立場から答えますね。

結論から申し上げますと、異端とは思いません」

きっぱりと断言した。

「だって、そうでしょう?自分以外の誰かを大切に思い、愛しいと思う気持ちに間違いがあるのでしょうか?そりゃあ、一方的に想いをぶつけるだけで相手の都合も考えないっていうのならそれは問題ですけれど、泰介様は違いますよね?」

「そうかな?」

「はい、そうですよ」

そう言うとマルチは穏やかに微笑んだ。

「浩之さんはいつもこう言います。区別する必要なんかないって」

「どういうこと?」

「そのまんまの意味です。そうですね、泰介様が小さい頃、保育園くらいの頃ですかね。メイドロボは子供たちの遊びの輪に入ってました?」

それは、なかったな。いや、ごくまれに見たかもしれないが珍しい光景だったはずだ。

そう言うと、マルチはウンウンと頷いた。

「希さんに伺っていただければわかりますが、最近の世代では普通に見られるようになってます。メイドロボの普及率が全然違いますから単純に比較はできませんけど、何より子供たちの態度が全然違うんです。ご家族がお守りや護衛のためにメイドロボをつけている子が時々いるんですが、子供たちはそのメイドロボを普通に自分たちの遊びに組み込んだり、一緒に遊ぶんですよ。そう、まるで『ちょっと変わってるけど仲間のひとり』であるかのように」

「へぇ」

それは驚いた。最近じゃそんな事になっているのか。

「職場なんかでもそうです。若い世代とか、お子さんお孫さんと別れて暮らしている皆さんなどから輪が広がっています。

いえ、メイドロボが人間の皆さんと同じ、なんて不遜(ふそん)な事を考えているわけじゃありません。ただわたしたちメイドロボは人間の皆さんと同じ姿をしています。ですから」

「同じ姿をしているものを乱暴に扱ったりするのはよくない。子供のいる環境ならもちろん、大人ばかりの環境でも周囲の人のメンタルに悪い影響を与えかねない……そうだよね?」

「はい。その通りです」

うんわかる。

実のところ、あれほどメイドロボ嫌いの母さんだって会社では普通に対応しているって聞いたことがある。もちろん母さん的にはビジネスライクな指示しかしてないんだろうけど、モーニカに示したような態度はとらないんだと思う。そりゃそうだ、それをやっちゃうと職場の空気が悪くなるのはおそらく間違いないからね。

ぶっちゃけた話、やっぱりメイドロボは道具なんだ。それは僕のせりなに対する思い、母さんの反応などとは無関係な、厳然たる事実だ。

だけど、「されど道具」だとも思う。

古今東西のどんな優れた道具類をもってしても、自ら意志を持って人間の隣に立ってくれる「道具」なんて他にはいない。必要なら反対意見を唱え、制してくれる「道具」。そう、メイドロボとはそうした、おとぎ話の存在にすぎなかったものの具現化なんだろう。

つまり。

「僕は間違っていない。皆もまた間違っていない。単に目線やスタンスが異なるだけ、という事なんだね」

「はい」

そこまでマルチは言うと、一度姿勢を崩してきちんと座り直した。

「泰介様がこの先、最終的にどういう選択肢をとるのかはわかりません。けれど、それだけは間違いありません。

そして、わたしの妹たちの泰介様に対する評価もきっと同じでしょう。……ですから、どうか自信をもち進んでください」

「わかった。ありがとう」

「いえ」

うふふと笑うマルチ。

ふとみれば、せりなが見たこともない顔をしていた。いや、見たこともないといってもそれは僕の目線の話で、普通はわからないだろうけど。

照れ笑い?いや、怒り?

そんな時間が、マルチのポケットの携帯が鳴り出すまで続いたのだった。



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