結局その場はお開きになって、僕らは家へ帰った。
みんなに阻まれて難渋しているうちに、せりなが公園から出てきたんだ。誰か……おそらくは母さんと会っていたんだろう。その事について訪ねようと思ったのだけど、なぜだか作業服姿のHM-12を伴っていて、何者だと首をかしげる暇もなく、気がついたら僕らは帰宅の途についていた。
帰途の途上、ずっとHM-12は僕らについてきた。ただ静かに微笑んだまま。彼女が口を開いたのは、ドアも開けっ放しの我が家に僕らが帰りついた時だった。
「ナミさんごくろうさま。異常はありましたか?」
玄関先の外灯に照らされる場所に、見慣れないHM-13がいた。HM-12と同じ作業服を着ていた。
「はい。おわかれ補助業者と思われる方々二名が参りました。家主に許可はとってあると強引に押し通ろうとされましたので、指示通りに対処いたしました。お二人は敷地に足を踏み入れる事なく帰られました。割り出した所属情報も通報ずみです」
「そうですか。やはり」
HM-12は、少し悲しげに言った。
「泰介様、一応確認ですが覚えがおありですか?」
「いや、ない。そもそも、おわかれ補助業者って何それ?」
なんか不吉な名称だ。だが確認は必要だった。
「簡単に言いますと、メイドロボ回収業者ですね。ただメイドロボは人の姿をして人間の皆さんと一緒に暮らしていますから、きちんとご家族にお別れをしたり、そういう事をサポートする業者さんなんです」
「なるほど」
だいたい予想通りだった。それも好ましくない方向に。
「君、えーと」
「マルチとお呼びください。それがわたしの固有名です」
「そう。じゃあマルチ」
「はい」
商品名がそのまま固有名?かなり長年稼働してそうなのに?珍しいな。
いやいや、今はそれどころじゃない。
「マルチ、君はここに来た人たちの雇い主を知ってるね?教えてくれないか」
「……」
困ったように僕を見るマルチ。
しかし、なんて微妙な表情をする子だろう。最初に見た時から思ってたけど、やはりこの子は只者じゃないな。
物腰の柔らかさ、そして態度。僕が今まで見たありとあらゆるメイドロボとも全く異なっていた。それはまるで、人間の女の子がコスプレしているようだった。実際、僕は本当はそうじゃないかと疑ったくらいだ。
そんなマルチは少しだけためいきをつくと、僕にこう言った。
「では正直に申し上げますね。わたしも確たる情報は持っておりません。ですけど、おそらく泰介様がご想像されている通り、泰介様のお母様ではないかと推測しています。今、浩之さん……わたしのマスターが裏をとり、対策をしている最中です」
「対策?」
はい、とマルチはうなずいた。
「泰介様、たとえどんな思惑がお母様にあれ、いくらなんでも手段が過激すぎると思いませんか?」
「あ、うん」
確かにそうかもしれない。
マルチは僕の顔色を確認するかのようにじっと見て、そして頷いた。
「こういう場合、お母様の泰介様に対する気持ちを煽った人がいる可能性が高いんです。といってもたぶん、その人たちも悪意の行動じゃないわけで、おそらく一つ一つは善意の積み重ねだと思います。お別れ補助業者の人たちだってそうです。あの人たちのお仕事は、たったひとりの家族に消えて欲しくないって泣く子供たちや、その親御さんたちの気持ちから生まれたんですから」
「……なるほど」
気持ちとしては納得できない。だが頭では確かにマルチの言っている事の意味がわかった。
「とはいえ、泰介様としては到底納得できないはずですし、いつせりなさんが連れていかれるかわからないんじゃ、おちおち生活もできませんよね?」
と、そこまで言ったところでマルチは姿勢を正して胸をはった。
「そんなわけで、差し出がましいとは思いましたが口を出させていただきました。改めて自己紹介させていただきますが、わたしはマルチ。来栖川研究所に所属するHMX-12型メイドロボで、通称藤田マルチとも呼ばれています。改めてよろしくお願いします」
そういって、ぺこりとおじぎをした。
「はぁ、どうも」
HM……X?Xがつくっていうと……そうだ試作型だ!そう聞いた事がある。
だけど、HM-12の試作型って事は物凄く古い個体なんだよな?よく今も稼働してるなぁ。
そのまんまを質問してみたら、マルチはフッと小さく微笑んだ。
「それはですね、現在のわたしを構成している部品は、頭脳と一部のパーツ以外は妹たち、つまり量産型と共用しているんです。元々わたしと妹たちの違いは頭脳の学習能力と容積が最も大きくて、センサーその他は大差なかったそうなので」
なるほど。
「お話を戻しますけど、業者の方には既に、来栖川重工会長補佐兼メイドロボメンタルヘルスセンター所長兼HM研究所所長・来栖川芹香の名で作業中止の命令が出されているはずです。彼らもれっきとした来栖川グループの企業ですから。また契約破棄についての説明も補償もなされます」
へぇ、そんなお偉いさんが動いてるの?なんでだ?
「もちろん企業としての思惑はいろいろあるんだと思います。ですが今回の泰介様の件はちょっと違います。だって、わたしたちが動いた直接のきっかけは、
へ?
「タイスケ様」
と、そんな会話をしていると、せりなが口を挟んできた。
「ああそうか。うん、えーとマルチ、もし時間があるなら少しあがっていかないか?ここで立ち話もなんだし」
マルチは少し考えこむような態度を見せたが、
「そうですか。それではお邪魔させていただきます」
そういって、もう一度ぺこりとおじぎをするのだった。
「あんたなぁ」
公園の近くにあるファミレス。藤田浩之と名乗った作業服の男は呆れたように肩をすくめた。
「なんだって真正面から息子と対話してみようと思わなかったんだ?どういう結論に至るにせよまずそれが先決なんじゃないか?それがなんでまた、いきなり違法な手段に訴えようとしたんだ?」
あんたに言われる筋合いはないわよ、そう言いたかった。
だが冷静になって思えば、この藤田という男は私の犯罪を未遂で終わらせたって事になる。連れていたメイドロボたちには当然私の記録が残っているだろう。要するに首根っこを掴まれているわけだ。
ならば今更遠慮もへちまもないだろう。ハッキリ言った。
「そんなの確認しなくたってわかるわよ。あの子が自分からメイドロボを手放すわけがないわ」
そうだ。情けない事だが息子はあのメイドロボの虜なんだし。
だが男は首をふった。
「だからよ。どうしてそう一方的にしか考えられないんだ?泰介くんだっけ、息子さんを家に呼んで皆で過ごしたりもしたんだろ?そういう形で交流を続けていくんじゃダメなのか?」
うるさいなと思った。だが確かに一理あるな、とも思った。
思えば性急に動きすぎたのかもしれない。どうも私はメイドロボの事になると冷静さを無くすようだ。情けない話だが。
そんなこんなを考えていると頭が急速に冷えてきた。ふと男にもらった名刺を見る。
……来栖川HM研究所、か。しかもただの所員でなく、メイドロボメンタルヘルス研究所・特別相談役なる変な肩書きまでついている。
「ねえ」
「何だ?」
メイドロボの事を来栖川の人間に聞く。これ以上なく正しいようで大間違いのような気もした。だが口は止まらない。
「じゃあお兄さん、貴方ならどうするのかしら?この肩書きを見るかぎりメイドロボの事にかなり詳しいんじゃないかと思うんだけど」
半分からかうような気持ちもあったんだけど、男は大真面目に頷いた。
「そもそもオレはメイドロボに反感もった事なんてない。だからあくまで想像でモノを言うんだが」
「かまわないわ」
そうか、と男は腕組みした。
「とにかく、本人と親交を深めるね。一人暮らしなんだろ?ならば家族のぬくもりを思い出させてやって、メイドロボとあんたら家族の間で揺れるくらいに深くつきあうのさ。
そもそも高校生だろ息子さん。じきに大学にも入るわけで、無理に一緒に暮らそうとしても、何年とたたずにまた、ひとりだちして出ていくんじゃねーか?だったら、むしろ今のままにしておけばいい。
それに、これから独り立ちっていうのはチャンスでもあるんだ」
「チャンス?」
ああ、と男は頷いた。
「いくらメイドロボが家族でも地球の果てまで連れていけるわけじゃないだろ?就職先が独身寮だったりしたらどうすんだよ。実際、家族同然のメイドロボとの別れって、そうやって生活環境が大きく変わる時が多いんだぜ?」
……なるほど。
男の言葉が嘘じゃないのはよくわかった。何より説得力があった。そしてそれはおそらく、男が関わってきたいろんな事件やらデータから持っている結論なんだろうと思われた。
私がその意味を理解した、という事を感じたのだろう。男は大きく頷いた。
「もちろん、ひどい言い方で悪いけど状況はかなり悪い。あんた現場で息子さんの声きいたろ?という事は息子さんの方も当然あんたに気づいてる。あんたが、家族同様にしていたメイドロボを破壊しようとした事も知ってるはずだ。これは確認したわけじゃねえけど確実だと思う。
この状況から盛り返すのは正直、大変だと思う。だけど」
「ええ、わかったわ」
ためいきをついた。さすがに男に言われなくともわかってる。
「あんたの言う通り、私の大失敗だったみたいね。……あの公園ならバッチリだと思ったんだけどなぁ」
最後の一言は余計だった。単に口から漏れただけだ。
だけど、
「いやぁ、あそこのお願いの木って実は効かないんじゃねえかな」
「はい?」
「いや、何でもねえ」
お願いの木?
なぜだかわからないけど、遠い昔にあそこで見た、ちびっこカップルを私は思い出していた。