愛するという事(1)

 闇が広がっていた。

 既に日は落ちていて、すべては夜の中に落ちていた。その闇はどこか僕を不安にさせる不気味さがあって、僅かに残る光と街灯の無機質な輝きが僕を不安にさせた。もう未来がない、一寸先は闇。そんな不気味さが僕の未来をも包んでしまっているような気がしてならなかった。

 だから僕は走った。絶望から逃げるように。

 恐ろしい運命に追いつかれないように。

「は、は、は」

 息が苦しい。

 僕は運動部じゃない、だから体力にはまったく自信がなかった。だけど走らずにはいられず、けれど速度は上がらない。情けない話だけど自然とペースは落ちていた。

 それでも走る。何がなんでも走る。

 苦しい。だけど怖い。何もかも無くしてしまう、そんな焦燥が僕を必死にさせていた。

 やがて家が見えてきた。だけど次の瞬間、僕の不安はほとんど確信に近くなった。

「うそだろ、おい」

 電気がついてないのだ!もう夜だというのに!

 そんなばかな!せりながこの時間に帰ってないなんてありえない!

 どこだ!せりなはどこだ!

「せりな!せりな!」

 滅多に使わない鍵を、学生カードと一緒に入っているそれを取り出した。手が震える、息がまだ苦しい。

 がちゃ。鍵が開いた。

 家の中は真っ暗だった。電気をつけて台所にいくと、きちんと片付いたそこには道具がいくつか用意したままになっていた。

 これがいつものパターンなら、街で何か買い付けているはずだ。せりなは有能だけどたまにはポカもやるし、予想外に素材の痛みが激しく買い直す可能性だってある。いくらHM-13が万能でも、生鮮食料品の腐敗まで計算し尽くせるほど万能ではないから。

 だけどこの時間にそれはありえない。そのまえにメニューを変更するなり別の対策を練るはずだし、そもそも僕の帰ってきたコースは市街地への直通だ。せりなが普通に買い物に出ていたなら僕と鉢合わせするはずだ。

 ……普通でないならば?

「公園!」

 そうだ。普通はありえないけど公園の可能性だってあるはずだ。駅前でなく学校ルートの近道!

 僕は蛇口をひねって一杯だけ水を飲み、ふたたび家を飛び出した。


 そう。母さんが言いたい事だってわからないわけじゃない。さすがに高校生にもなれば僕だって、母さんが何を言いたいかはわかってるつもりだった。

 いつになるかはわからないけど、せりなのいない日は必ずやってくる。そしてそれはきっと、人間よりもずっと近い未来なんだろう。ロボットであるせりなは子供を生めないわけだから、僕はその時こそ完全にひとりぼっちになってしまう。その時になって後悔しても、きっともう遅い。

 だけどそれはそれ、これはこれだろう。

 明るい未来がないというのなら少しでも対策を考えればいいじゃないか。僕ひとりでは身に余る暗い未来かもしれないが、だからといってせりなと別れるなんて性急すぎるんじゃないか?まだ僕は何もやってないし、できる事はいくらでもあるはずなんだ!


 つらつら考えながら走ったせいだろうか?心身には少しだけ余裕ができたけど少しペースが落ちた。急がねばとまた少し焦り、またペースが上がった。

「は、は、は」

 全世界が息をついてるみたいだ。苦しくて喉が少し痛かった。次第に近づいてくる公園が、まるで無限の彼方のようにすら見えてくる。畜生、距離が縮まらない。

 と、そんな時だった。

「タイスケさん」

 突然目の前に見覚えのある歯医者風HM-13があらわれた。そう、みっちゃんだ。

 いつもなら話をするところだけど今は時間がない。だから僕は「やあ」と挨拶だけして通りすぎようとした。

 だけどみっちゃんは、するりと僕の横にきて腕を掴んだ。

「無理をしてはダメです。少しペースを落としてください」

 いや、そう言われても僕は急ぐんだ。急がなくちゃいけない。

「いいえダメです。そんなクタクタではむしろペースが落ちてしまうでしょう」

 強引に腕を押さえられた。速度が落ちてしまったが、僕にはそれに抗う力がなかった。

 しばらくみっちゃんと一緒に歩く事になった。

「タイスケさんどうしたんですか?なぜそんなに急いでいるんですか?」

 当然の疑問だ。僕はあまり活発に走り回るタイプではないのだし、こんな時間に血相変えて必死に走るなんて常識的に考えても普通ではない。

 だから僕は正直に答えた。

「せりながいない。こんな時間にいないなんてありえないんだ、嫌な予感がする。みっちゃん知らないか?せりなの居場所わかる?」

 そうですか、ちょっと待ってくださいねとみっちゃんは少し首をかしげた。

「近くにいらっしゃいますね、この公園の中のようです。でも」

 みっちゃんがまた何かサテライト通信をはじめようとした瞬間、僕はよし!とばかりに駆け出そうとした。だけど、

「ちょっと待ってください。少し歩きましょう」

 なぜだか、みっちゃんにまたむんずと肩を掴まれた。

 さすがにここに来て僕も気づいた。理由がわからないけど、もしやみっちゃんは意図的に僕を邪魔しているんじゃないかと。

 なぁみっちゃん、と言いかけた僕は次の瞬間さすがに言葉を失った。なぜなら公園入り口の門の中には、さらに商店街で見たことのあるHM-12がひとり待ち構えていたからだった。



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