え?という声はいったい誰の声だったのか?
私が押し付けたのはロボット用スタンガンの一種だった。強い電磁波を使うもので、異常を検出したロボットの制御プログラムが緊急停止を引き起こすんだそうだ。実用に足るほどには強く、そして強すぎる力で他の電子機器を狂わせてしまうには弱い。私も詳しくはよく知らないのだけどそういうものらしい。
だけど、それが遮られた。
横から伸びた手は武骨な手袋をつけていた。灰色の作業服にはオレンジ色の刺繍で来栖川関係らしい何かの名が刻まれている。そしてその頭にはオーソドックスな緑色の髪、そして今時珍しい古くさいデザインの大仰な耳センサー。
HM-12だ。それももの凄く古い型の。
「そんなことしちゃダメです」
HM-12は静かにそう言った。
だけど私は突然の事に混乱していた。スタンガンを手で止めたHM-12が倒れない、その事自体も私の混乱に拍車をかけていた。後から考えれば手袋や衣服に何かあるのだとは思うのだけど、そこまで頭が及んでいない。
「どきなさい」
「失礼します」
くるりと手をまわし、やんわりとスタンガンを叩き落とされた。ゴトンと重い落下音がした。
「痛!人間様に手をあげたわね!あんたどこのメイドロボよ!言いなさい!」
HM-12はじっと私を見上げ、そして言った。
「犯罪行為を未然に防がせていただきました、それだけです。わたしは名をマルチといいます。来栖川HM研究所に所属しています。
それよりすぐここから離れてください、泰介様がもうすぐやってきます。見られるのはよくないと思います」
来栖川HM研究所?なんでそんなところのメイドロボが都合よくこんなところにいるわけ?
「指図される謂れはないわ。とっとと消えなさい、邪魔すんじゃない!」
と、そこまで言って気づいた。
「ちょっと待ちなさい。なんであんた息子の名を知ってるの」
HM-12は一瞬ちょっと考える仕草をしたが、よどみなく答えた。
「直接お会いした事はありませんが存じております。あなたが泰介様のおかあさまである事、そしてこのせりなさんをめぐるご事情も少し」
姿勢を改めてただすと、HM-12は静かにお辞儀をした。
「部外者が差し出がましい口をきいて申し訳ありません。
ですが過激な事はおやめになってください。そして今日のところは一度お帰りになり、改めて泰介様と今後の事について直接お話をなさってください」
そして『せりな』の方に顔を向けると言った。
「せりなさん、ここはいいですから泰介様のところへ。急いで」
「はい、マルチお姉様。すみませんがよろしくお願いいたします」
『せりな』は静かに小さくおじぎをすると、
だけどその時、それは起きた。
たったったっと走ってくる足音。それをとどめようとする複数の足音。
「だめですタイスケさん、今行ってはいけません」
「いや、悪いどいてくれみんな」
「タイスケさん、待ってください」
息を荒らした息子の声、そして息子を止めようとするいくつかの声。すべてがメイドロボ。
「タイスケさん」
『せりな』まで反応した。私を放置して息子の元に走ろうとする。
行かせるわけないでしょう!行かせるか!!
落ちたままのスタンガンを拾い上げた。アッというHM-12の声がしたけどもう遅い、HM-12は瞬間的な素早い動きはあまり得意じゃない。職場のやつでさんざ経験のある私はそれを知っていた。
そして、そのまま『せりな』にそれを押し付けようとして……また別の手に阻まれた。
「やめろって言ってるだろ!バカ!」
武骨な男の手だった。
「放しなさいよ!」
「落ち着けってのがわかんねえのか?あんたの目的はなんだ?今の状況だと本末転倒だって事がわかんねえのか?なあ!」
「……」
あんたの目的はなんだ、の言葉で急速に頭が冷えた。
長身の男だった。私よりひと世代下だろうか?薄暗くてよくわからないが、どこか懐かしい気もするのは気のせいだろうか?
ふう、とためいきをついた。
「とりあえず移動しよう。ここはまずい」
男は、てきぱきと指示を飛ばしはじめた。
おそろしくメイドロボ慣れしている感じだった。よく見ればHM-12と同じ作業服を着ているのだけど、肩のところに少し違うマークがあり、胸には来栖川社員の印であろうブローチもついていた。最後に傍らにいたHM-12に指示を出し、ハイと頷いて歩き去っていく後ろ姿を確認して頷いた。
「よし、息子さんは家に送らせた。とりあえず今日はなしだろ?すまねえがオレの話にちょっとつきあってくれねーか?」
いや、それよりそもそもあんた誰よ?
そう言うと男はハハッと苦笑いをした。
「すまねえそうだったな。オレは来栖川HM研究所特別研究員で、名前は藤田浩之ってんだ。あ、これ名刺」
あまり名刺交換の習慣がないようだ。途中であわてて名刺を探し回り、そして私に差し出した。
受け取ってみる。……ふうん。道理でメイドロボ慣れしているわけだ。
私の中で何かがピクッとした。一応だけど私はマスコミの人間だし、そこらへんに何か感じたのかもしれない。
「まぁ立ち話もなんだ。オレみたいなのがわざわざやってきてあんたの邪魔をした理由も話したいし、ちょっとだけつきあってくれねえかな」
「いいわよ」
気がつけば、私はそう答えていた。