運命の出会い

 あれはいつだったろうか……もうずいぶんと昔の話だ。

 ある日家に帰ると知らない女がいた。子供の目にも美人だし、アザラシのような母親と比べると非常に若かった。髪の毛の色は見事な山吹色で、白いヘッドセットみたいなものととてもよく似合っていた。

 ……ヘッドセット。

 そう、彼女はロボットだったのだ。

「セリオだ」

 僕はその時、彼女が最近発売になったロボットなのだと気づいた。友達がそんな話をしたのをおぼえていたんだ。テレビでも見たしね。

 彼女はハイと返答すると、こう答えた。

「来栖川HM-13型家庭用アンドロイド、セリオと申します。タイスケおぼっちゃまですね?」

 お、おぼっちゃま??

 驚いた。自慢じゃないが、そんな珍妙な名前で呼ばれた事などなかったからだ。

 両親がセリオを買ったのは虚栄心の果てのこと。立地条件の都合で大きな車は使えない家だったので、そのぶんのお金をつぎこんだというわけだ。ようするにただの、ちょっと最近小金があるというだけの一般庶民だった。

 当時「おぼっちゃま」なんて言葉には悪いイメージも持っていた。だから僕は訂正した。

「タイスケでいい」

 僕はそう答えたのだけど、意外なところから反論が出た。母さんだ。

「ちょっと待ちなさいタイスケ。相手はテレビや冷蔵庫と同じ電化製品よ?呼び捨てはないでしょう」

 たぶんそう言ったのだと思う。

 仮定なのは当時の僕に『電化製品』という語彙がなかったから。電なんとかと言ったように思うのだけど。だからこのへんは推測にすぎない。

 で、その問いに僕は答えた。

「でも、僕よりおねえちゃんだよ?それに、おぼっちゃまなんて嫌だ」

「なんでよ。いいじゃない可愛くて」

 なにいってんだろこの子は、といわんばかりに母親は首をかしげた。

 可愛いというのは男を褒める言葉じゃない。たとえ小さなお子様でも、自分を『男』と自覚している男の子は決して可愛いなんて言葉を喜ばない。半ズボンの少年にキャアキャア言う所謂『腐女子』なお姉さまどもなぞ、近寄られる少年からすれば煩い、またはキショイから近寄るなというのが正直なところだろう。

 まぁ今思い返すに、あれは母さんの『女』としての抵抗だったのかもしれない。

 セリオの姿は若い女の子そのものだった。そりゃそうだ。彼女の設計には実在する女性の身体データを利用したそうだけど、それが来栖川の会長の孫娘、つまり本物の女子高生のそれなのは有名な話だ。若く瑞々しい肢体をもつ美しいロボット。ゴロゴロ寝ながらテレビを見て、申し訳のようにエステに通うだけの不健康そのものの当時の母さんにそもそも太刀打ちできるわけがないのだけど、相手が人間の女性でなく機械だというのが彼女に憎しみのようなものを抱かせていたに違いない。

 もちろん当時の僕にはそんなことのわからなかった。だからそのまま答えた。

「タイスケでいい」

「では、タイスケさまと」

「さまぁ?」

「……わかりました。では、タイスケさんと」

「う~ん、ま、いっか」

 子供心にもこのへんが限界だと思ったのだろう。さんづけで妥協した。

「で、セリオは名前なんていうの?」

「名前ですか?」

 セリオは一瞬、ちょっと考え込むようなしぐさをした。

「特別な名前をいただかない限り、私の名前はセリオとなっております」

 名づけるのはオーナーの仕事であり、名義登録されているのは父さんだったはず。でもこのセリオはまだ名前など決められていなかった。父さんはたぶん、名前なんてゆっくり決めるつもりだったんだと思う。

 だけど、ここで母さんがまた言い出した。

「ロボットなんだから名前なんかいらないでしょう?うちにはロボットなんてほかにないし」

「なんで?ピッチやタロウには名前があるじゃないか。どうしてセリオにはいらないの?」

 うちの小鳥と犬のことである。

「鳥や犬は生き物でしょう?これは機械じゃない」

 今思えば母さんはやっぱり、セリオの外見から本能的に敵意を抱いてたんだと思う。

 もともと母さんは優しいひとだった。大人の理屈で子供を丸め込むような人ではなかったはずで、この時は明らかにおかしかった。

 もっともそれには別の意味もあったのだけど。

「でも名前は必要だよ。呼ぶときに『ロボット』なんて呼んでたら変だし、セリオって呼んでたらよそのセリオと区別がつかないよ」

「それはそうだけど……」

 僕はそう言ったうえで考えて、セリオに言った。

「えっと、せりなってどうかな」

「せりな、ですか?」

 セリオはしばらく考え込むようなしぐさをして、そしてこういった。

「私の呼称に『せりな』を登録いたしました。よろしくお願いします、タイスケさん」

 そういうとセリオは丁寧なおじぎをしてきた。

 あたりまえだけど、セリオくらいの背格好の女の人に丁寧におじぎをされた事なんて僕はなかった。あからさまに子供扱いされたことはあったけど、大人は基本的にみんな、僕を子供として扱うのが普通だったし、実際僕は当時まだ少年というのもはばかられるほどの小さな子供だったから。

 僕はそれが嬉しくて、笑って答えた。

「うん、よろしくせりな」

「はい、よろしくお願いいたします」

 そういうとせりなは、小さく微笑んだ。

 そんなせりなを母さんが、なぜか睨んでいるような気がしたのが僕には不安だった。


 その日が、家で母さんを見た最後だった。

 もともと母さんは家にあまりいない人で、僕は鍵っ子だった。大きくなってからせりなと父さんに聞いた話では、母さんと父さんは当時かなり険悪になっていたらしいんだけど、そんなこと僕には関係のない話だった。それよりも、これからは誰もいない家でなくせりなが待つ家に帰るのだと知り、それがとても嬉しかったのをおぼえている。

 やがてふたりが離婚になり、どちらの子になるかを僕は選ぶことになった。

 僕は、せりながいる父さんの家に残った。



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