拾い物(3)、または秘め事

(芹緒視点)

 私は、計算違いに直面していた。

 工場は広過ぎた。明仁さんが調整してくださったネット機能は予想以上にうまく動いていたけれど、新旧何世代ものネットが複雑に絡み合った老舗の工場のネットは一筋縄ではいかず、全体どころか現在地点を中心にしたいくばくかの地域を把握するのがやっと、というありさまだった。

 にも関わらず、私には焦燥はなかった。

 私は機械だ。機械に焦りという概念はない。できるか、そしてできないか、だ。それはある意味限界でもあったがこういう時は利点になる。人間がどうしても回避できないリスクのひとつを私達は回避できる。どんな陥穽だろうとセンサーと経験が及ぶ限り、私は突破できる。だからこそ私達ロボットは人間の手助けになれる。そして実際、私達は人間社会に浸透し、あらゆる局面で皆さんの手助けをさせていただいている。

 ……いた。

 一番大きな製造ラインの奥、製造物検査ブースにそれはいた。闇に潜むその姿。おそらく私を感知したためだろう、小さい何者かの追跡をやめ、闇に潜んでいるそれは確かに完璧な隠密性を持っていたけれど、旧式すぎる工場のセンサーは彼の感覚をすりぬけていた。暗視センサーのひとつが彼の全体像を捉えていたのだ。

 来栖川軍用ロボ、MM-12。

 黒髪のアジア人の姿。HM-12マルチによく似た小柄の少女。外見が幼いのでマルチさん同様、幼女にすら間違われる外観だけどそれは外見だけだ。なぜならMM-12はアジア区域の対アラブゲリラ戦に使われ、インドでは破壊神シヴァの娘、屠殺場の悪魔(スローターハウス・デイモン)とまで呼ばれた、危険窮まりない殺人ロボットだからだ。

 MM-12は子供の体格しかない。暗殺機としてこれは不利だ。

 だがそのかわり、MM-12はナイフによる戦闘に異常に長けている。最悪なのは21世紀はじめに北朝鮮が開発した超硬度鋼材による短剣との組合せで、文字どおりMM-12は屠殺マシンと化すらしい。また体格の不備といってもMM-12の最大出力は短時間とはいえ12馬力に達する。キャデラックだって馬三頭分の力があればひっくり返せるのだ。まして対人戦闘なら、手刀の一撃で首から上は潰れ、脳漿が飛び散る事は疑念の余地もないだろう。

「……」

 私がもし、悲しみという感情を持っていたら……マルチ姉様の妹が暗殺機となっている事を悲しむだろうか?

 いや、今はそのような自答をしている時間ではないだろう。MM-12の活動は停止していない。電力が不足している可能性はあるが活動は停止していない。作業機械から電力をとっている事実もまた、やる気を伺わせる。ブラフにせよ本当に電力不足だったにせよ、充電しているという事は止まるつもりがない、という事に等しい。

 とりあえず、私は呼びかけてみる事にした。壊れていないのなら反応してくれるはずだ。

『聞こえますか、MM-12型。こちらは民間機、HM-13型です。』

 ロボット用の通信言語で呼びかけた。

『ここは戦場ではありません。しかし貴女の行っているのは戦闘行為だと思われます。正当な理由があり民間人に危害を与えないのならば私はそれを妨げるものではありませんが、不当なものであればこの国の法に基づき停止していただかねばなりません。よろしければ、可能な範囲で結構ですのでご事情をお聞かせ願えますか?』

『………』

『いかがでしょう?MM-12型』

『………』

 MM-12は闇の中、しばし沈黙していた…が、やがて

『こちらMM-12。貴殿の問い合わせには解答できない』

『それは作戦行動中、という事なのでしょうか?』

『それも言えない。我が行動は全て国家機密法により保護されている』

『それは、先ほどの小さなコアモーターの反応と関係あるのでしょうか?』

『答える義務はない』

『……同族の依頼でも、いけませんか?』

『なに?』

『私の個体データをお送りします。ご判断はお任せいたします』

『……』

 私は、自分の持つ個体データの一部を圧縮し、MM-12に送りつけてみた。

『……個体識別完了。暗号コード受諾。貴殿を友軍であると認識する』

『ありがとうございます』

『しかし、友軍とはいえ現在の所属は民間機。詳細を教える事はできない。』

『それで結構です。私は今は市井の身、マスターとその周辺の安全が確保できればそれでよいわけですから』

『わかった。しかし条件がある。今、この敷地内にわれらとターゲット以外の存在はいるか?否か?』

『……99%確率で無人です。少なくともあと12分間、私達に干渉できる存在は誰もいないでしょう。』

『承知した』

 闇の中、MM-12は立ち上がった。

 彼女は、漆黒の衣装をまとっていた。都市空間、それも夜間の隠密行動仕様だ。MM-12は昼間は活動しないため、闇に身を潜める姿を基本とする。耳センサーも一般のメイドロボのようなメタルの輝きはなく、つや消し黒で塗装されているほどだ。

 そして「彼女」は、フロアの反対側に佇む私の姿をとらえた。

『このコードは我と同じ暗殺機のもの。何故軍用機でない貴殿がこれを持っている?』

『私は元々、民間用だったのです』

『……』

『私はよく覚えていませんが、ある事件がきっかけで私のAIは矛盾による自己崩壊を起こしたそうです。そして結果は』

『……』

『本来なら私はその場で破壊されていました。しかし、私は特別仕様で、しかもサテライトによらない独自の戦闘データを保持していました。環境の都合なのですが』

『格闘戦データだな。民間仕様なら武器の扱いに長けるわけがない』

『その通りです。結果として私は来栖川重工経由で軍に送られました。自己崩壊の要因を取り除き人格を再構成し、軍属として』

『なるほどな。では何故民間に戻れた?』

『破棄されたのですよ私は』

『……該当情報あり。半壊した身で命令を無視し、逃走したロボの記録が一件』

『私の事でしょう。結局、途中で壊れ、停止してしまいましたが』

『なおさら理解できぬ。誰がそんなものを再生した?』

『私を再生したのは来栖川の人間ではありません。全く無関係の個人が単独で、データシートのみを便りに再生してくださったのです』

『なるほど筋は通る。その者を主人とし、完全に民間仕様として活動再開したわけだな。しかし戦略的にいってそれはかなりの冒険だ。貴殿はその存在を認められているのか?』

『少なくとも、事情を知る者には認められてはいないでしょう。私はその存在そのものが来栖川と軍の暗部を意味するわけですから』

 そこで私は一瞬言葉を止めた。

『けれどそれゆえに、軍と全く無関係の青年を主とする今の私には手だしができないのだと思います。確かに私には暗い過去がありますが今はその要因がない。そして私もそれを欲しない。来栖川の皆さんは私の意志を理解し、第二の……いえ、この場合は第三の人生ですが……それを歩む事を許してくださいました』

『……なるほど、貴殿の立場は理解した。』

『感謝します』

 MM-12はうなずき、手をあげた。

『我は軍事AIである。だから貴殿の思考は理解できぬ部分もある』

『ええ。』

『だが、国家という人間の集合に仕えるか、個人に仕えるかの違いさえ考慮すれば貴殿の意志は不完全だが理解可能である。その理解にかけ、ここに約束しよう。我はその任務が貴殿の利害と対立しない限りにおいて、また貴殿が約束を破らぬ限りにおいて、危害は加えぬ。』

『ありがとうございます』

 人間で言えば、ホッとひといき、といった状況だろうか?

 MM-12には申し訳ないが、私は彼女に全てを伝えていない。それがバレたらどうなるか、あまり分のよくない賭けではあった。彼女の思考が未熟だったのは幸いだ。

 私の立場は、実はもっと複雑なのだ。

 だがまぁ、今はそれはいい。私の生い立ちだってさっきの会話に嘘はない。それでいいだろう。過ぎた事だし今の私には明仁さんがいる。くだらない過去に振り回されて、藤田さんやマスターのような目にあわせてしまう事だけは絶対に避けなければならない。


 と、その時だった。


「ぎゃあああっ!」

「明仁さん!?」

 まぎれもない、明仁さんの悲鳴だった。

 最悪のタイミングだった。他に誰もいない、という前提の不可侵の約定が破られたのだ。私の努力はこの瞬間、ほとんど水胞に帰してしまった。

 だが、そんな事はどうでもいい。それどころではなかった。

「約定ノ破棄ヲ確認。タダチニ作戦行動ヲ再開スル」

「待ってください!これは」

「ソコヲドケ、同胞ダッタ者。サモナクバ破壊スル」

「!」

 刹那、私のボディはMM-12に吹きとばされた。

 凄まじい衝撃がきた。工作機械に激突したのだと理解した瞬間、私の右半身の感覚が失われた。


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