(芹緒視点)
里中様のコブラツイスト事件から数分後。
明仁さんの意識は戻った。しかし動くと激痛が走るようで、私は明仁さんの身体をしばり、赤子のように背中にしょって歩く事にした。外観上の問題があるかもしれないが、明仁さんはあまりお身体が丈夫ではない。ここでは万が一骨や筋を傷めている場合、見落としてしまう可能性も否定できなかった。
背中にしょったのはもちろん、私の両手をフリーにしておくためである。しかしこれでは戦力の低下は免れないから、私は里中様に許可をいただき、里中様のメイドロボ、ノンさんにも来ていただいた。こういう時、サテライトは本当に便利である。
「このあたりから聞こえて来たの?」
「うん、そう。」
ここは、『
この工場は元々、産業用ロボットの工場だったようだ。いわゆる「メイドロボ革命」によりロボット技術が爆発的に進歩してしまったため、旧来のロボット工場のいくつかは進化に追い付けず、廃業に追い込まれてしまったという…ここはそういう町工場のひとつだったと思われる。
「芹緒」
「はい、なんですか明仁さん」
「システムが生きてるか調べてみてくれる?」
「クラッキングは法律違反ですが?」
「できれば持ち主に許可を貰いたいけど、急なことだからね。調べるにしてもできれば壊すような真似はしたくない。損害賠償になったらみんなに迷惑かけちまうし」
「……わかりました。開閉システムが動くかどうか調べるのですね?」
「その通り。あと、記録も全部とって。念のためにね」
「数分かかります。その間、会話は聞こえていますが返答は難しいかもしれません」
「了解」
明仁さんに言われるまま、私はネットワークに意識の大部分を集中した。皆さんの声が少し遠くなる。
(サテライトって、そういう使いかたもできるの?)
(できますよ里中さん。まぁHM-13には本来、そういう機能はないですけどね。)
(へぇ。じゃあこれも、芹緒ちゃんの能力?)
(…いえ、トリプルオーシリーズの能力はあくまで身体能力やAIに依存するものです。サテライト機能は私達通常のHM-13と同様のはずです)
(…げ、…そうか、ノンちゃんにはわかるのか…そりゃそうかHM-13だもんな)
(え?どういう事?明仁君)
(……すみません。僕の仕業です)
(…改造までできるってわけ?…はぁ、すごいわね)
(あ、それは誤解です。僕は教えただけですから)
(…教えた?)
(ええそうです。芹緒にIPv6のアドレッシングとIPプロトコルについて教えたんですよ。サテライトサービスのネットワークは独自に閉じてるんですけど、調べてみたら物理層じゃ既存のネットと接点があるんですねこれが。だったら後は簡単でしょ?通信方法と適切なゲートウェイが設定できれば、相互に潜り込むのは難しくない)
(……ごめんなさい明仁君。私には宇宙人の言葉にしか聞こえないわ)
(…私はあえてコメントいたしません。手段をもう少し選ばれる事をおすすめいたします。)
(…いけない事なの?ノン)
(不正アクセス防止法に抵触します。表沙汰になれば明仁様は逮捕、または損害賠償に値します。もっともこれは今後の展開次第ではありますが)
(……)
(……)
(明仁君?)
(えーとその。ごめんなさい)
(いいけど、もうやっちゃダメよ?)
(あはははは)
(笑いごとじゃないでしょ!)
(はい。すみません)
(よろしい)
のどかな三人の会話を聞きつつ、私はネットに潜って行く。
里中様の言う通り、明仁さんに教わったこの方法は確かに犯罪にあたる。サテライトと
ただし、警備会社の穴をつくという行為はこの場合、一種の抑止力となる事も確かだ。それにたとえこの接点を知っていたところで普通のひとは利用できないし、安全のため普通のHM-13は意図的に通常のIPプロトコルを話せないようにされている。通信できるという事は乗っ取られる可能性をも意味するからだ。利用できる可能性があるのは私達トリプルオーシリーズくらいだろう。まぁ軍や特殊な電算機なら利用できるかもしれないが、本当にそういうゲートウェイが必要なら作ればいいわけで、その意味で彼らには無意味だ。
「捕まえました。明仁さん」
「使えそうか?」
「全てではありませんが使えます。しかし公式には停止状態のはずです。何者かが不正に施設の一部を利用している模様です」
一同の間に、無言の緊張が走った。
「里中さん、どうやらビンゴだね…って、どうしたの?」
「……」
「もしかして、当たりだと思ってなかった?」
「……ううん、そうじゃないけど……えっとね」
「予想より話が大きくなりそうなので、驚いておられるのですね?」
「あ、それそれ!ありがとノン」
「いえ、とんでもありません」
里中様とノンさんは本当に仲良しだ。それはメイドロボと主人、という形では理想的な部類に属するものだった。
世間に広く普及したメイドロボだが、このように理想的な関係になれるケースは実はあまり多くない。『
そう考えれば、一度目のご主人様には恵まれなかったとはいえ、明仁さんに巡りあえた私は幸せ者なのだろう。明仁さんは私を完全に対等に見ている。それは凄い事だ。子供ならまだしも、明仁さんは子供っぽい部分こそあれ精神年齢はれっきとした大人だ。全て理解したうえで、自分と私を対等に見ている。両者の違いも何も内包したまま。
だがそれは、非常に危険なことでもある。
私は知っている。かつて、人とメイドロボの境界を越えてしまったあるカップルの末路を。以前はただデータとして記憶していただけだったが今となってはわかる。周囲との軋轢に耐え切れず、精神を壊した悲しい少年の物語を。そのためにAIが自己崩壊を起こし、二度と目覚めなかった悲しい私達の長姉を。ふたりの温かい、悲しい物語を。少年のお友達だったサッカー選手の家に仕えていた私は、それを目の前で見てきた。
くりかえしてはならない。
明仁さんはあの方たちではない。でも似過ぎている。言葉も態度も全く違うけど、でも似過ぎているのだ。私の頭をなでる手つきが、私を見る優しい瞳が、非常によく似ているのだ。明仁さんとあのひと……藤田浩之さんは。
「!」
「どうした?芹緒」
「ロープを解きます。明仁さんと里中様はここで待機。ノンさんはお二人の護衛、それと警察、および速水管理人様に緊急連絡を」
「どうした、何があった芹緒?」
「……大型電磁コアモーターの反応があります。これは重機の制御ロボ、および軍のロボットに使われているもののようです」
「えぇっ!?」
重機の可能性もなくはないが、これはたぶん、軍のロボットだろう。
小さなコアモーターの反応が二つ。愛玩用の動物ロボットくらいの大きさのものだ。追いかけているのが大型。重機の機動力ではあんな小さく素早い動きは追えまい。軍のロボット、それも白兵戦用のものだ。それが最も可能性が高い。
どうしてそんなものがここにいるのかはわからない。だが現実にそこにいる。米軍基地も自衛隊も決して近くじゃない。もしかしたら、演習場かどこかからずっと追って来たのかもしれない。あれほどの機動力があれば隠密行動くらい可能だろうから。
しかしそれは危険な考えだ。通常、その種のロボットは作戦行動中でない限り演習場から出ないはずだからだ。つまり行動制御部が故障しているのだろう。こういうロボットは破壊が原則だ。賠償もされる。ひとつ間違えれば犠牲者も出るのだから当然だけど、問題は破壊できるかどうかだ。ノンさんには間違いなく無理。彼女は事務処理仕様で身体能力が低いのだ。
つまり、私しかいない。
無論、私だって軍用ロボットに勝てるとは思えない。私にはデータがない。トリプルオーは試作型セリオと一緒であらゆる用途を想定した機体で、機密事項で明仁さんは知らないが、それには確かに白兵戦も含まれている。しかし専用機には当然劣る。所詮、私は汎用機なのだ。そして完全な軍用の戦闘パターンとなれば、私の知らないようなものも無数にあるだろう。
だが、やるしかない。
「芹緒」
「僕も行く、というのでしたら却下です」
「芹緒!」
「足手まといです。来ないでください」
「!……そうか。わかった」
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