にぶちん

 引越しと同時にわかってしまった芹緒の秘密。

 でもまぁ、だから何が変わるというわけでもないんだけど、とりあえず芹緒の完全修理が可能になったのは嬉しい事だ。これだけはいつも不安だったからだ。

 芹緒がここ二週間ばかり、修理と調整で来栖川にお預けになっていた。その間僕はというと、ここ『水部(もえとりべ)』の人達に何故か白衣をもらったりとか(医者のイメージらしいんだけど…)、妙なイベントが立て続けに発生していた。しかも芹緒の不調は僕がオーナーになる以前の事というわけでほとんど無償で修理が行われた。そんなんでいいのかと思ったんだけど、来栖川のひとの話ではトリプルオーとはそういうものなんだという。僕はよくわからないけど、そう言った来栖川のひとはとても優しい目で芹緒を見ていた。だから問題ないんだと思う、たぶん。

 そんなわけで今、僕の目の前には修理のすんだ芹緒がいる。すんだ、といってもまだ完全じゃなくて、何度かに分けて身体を慣らしながら修理する事になる。それは初級の修理を学んだ僕にもよくわかる。メイドロボは精巧になりすぎて、昔の機械のようにポンとは直せない。人間のように通院が必要なんだ。

「…すっかり綺麗になったね、芹緒」

「はい。嬉しいです…でも」

「…でも?」

「…できるなら、明仁(あきひと)さんに直していただきたかった…です」

「!」

 わぁぁぁぁっ!り、理性が、理性がぁぁぁっ!


「起きろスケベ野郎っ!」

「わあぁぁぁぁっ!ご、ごめんなさいぃ〜っ!……ってありゃ?」

「あ、起きた起きた。おはよう、明仁君」

「なんだ、里中さんか……おどかさないでくださいよ〜。」

「な〜にいってんの。まっぴるまから(よだれ)たらして居眠りこいちゃってもぅ。」

「あはははは」

 どうやら、居眠りしていたらしい。

 僕の目の前には、里中さんがいる。川名さんと並んでこの『水部(もえとりべ)』の紅二点。長い髪の川名さんと違って里中さんはショート。以前は長かったそうだけど、ここに来る前に彼女のセリオ、通称ノンちゃんに切ってもらったんだそうだ。

 こうしてると明るい立ち振舞いだけど、実は勤めていた会社で陰惨な目にあわされたらしい。詳しくはよく知らないけど彼女を連れだし、ここに連れて来たのはノンちゃんだそうだ。里中さんの当時を知る人によると……いや、今はそれはいい。とにかく仕事しなくちゃ。

「で、どうしたの里中さん。ノンちゃん調子でも崩した?」

「違う違う。ノンの事じゃないの。実は明仁君と芹緒ちゃんに頼みたい事があってね。」

「…僕と芹緒に?」

「うん、そう。正確には明仁君はダシなんだけどね」

「あはは、はっきり言うなぁ。でも、そんなにまでしてうちの芹緒を?」

「うんそう。芹緒ちゃんじゃないとたぶん無理な仕事なの」

「いいけど…芹緒に直接言えばいいじゃない。今日帰ってくるはずだよ?」

「無理よぉ。あの娘、明仁君以外の事には全然興味ないんだもん。」

「まさか。里中さんにだってあんなに懐いてたのに?」

「……なるほどねぇ。1みさきちゃんの言った通りだわ」

「…はぁ?」

「いいのいいの。ま、一応いっとくけど芹緒ちゃんをちゃんと見てあげるのよ?いいわね?」

「…はぁ」

 なんだかよくわからない。

 川名さんと言えば、確か彼氏いるって言ってたな。細かい事情はよくわからないけど、ここに部屋もキープされてる。ただ仕事の都合でどうしてもあと半年は引っ越してこれないそうで、よく川名さんと電話であれこれ話してる。え?なんでわかるかって?いや、その時の川名さんってすごく可愛い顔するんだよ。一度からかったら怒られたけどな。

 いや、それはいい。今大事なのは川名さんの彼氏の事じゃない。

「まぁいいや。で、どういう用件なの?もちろん僕にも話してくれるんだよね?」

「それがね、えーと…私にもちょっと確信がないんだけど…」

 …と、そんな会話をしていると突然に扉が開いた。

「ただいま戻りました、明仁さ………いらっしゃいませ、里中様」

「!あ、芹緒ちゃん……お帰り」

「はい、どうもです」

「?」

 なんだろう?なんでいきなり緊張感が漂う?

「ま、そんなわけだから明仁君。」

「え?ちょ、ちょっと待って里中さん。話はまだすんでないでしょって…あれれ」

 バタバタ、バタンと妙に慌ただしく、里中さんは出ていってしまった。

「?なんなんだろ、里中さん…って芹緒、何やってんの?」

「はい、ペットボトルの設置と虫除けを。塩もついでに撒きます」

「……わけわかんない事やってんじゃないの。そもそもなんでペットボトル?」

「猫よけには有効だと長瀬主任が。随分と巨大な猫ですので有効かどうかは微妙ですが」

「……もしかして芹緒、里中さんの事嫌いなの?」

「…とんでもありません。あの方はとてもお優しい方です。」

「だったら何故?」

「……わかりません。でも嫌です」

「……はぁ??」

 …もしかして、まさかと思うけど……嫉妬、してたりなんかする?

 極度に成長したセリオのAIがそういう感情も覚える事がある、というのは僕だって聞いた事がある。でもまだ芹緒はそういう風になるほど成長しているとは思えない。

 あ、少しだけ解説しようか。

 意外に思われるかもしれないけど、HM-12や13には、人間に福祉するプログラム、なんてものは最初から内蔵なんかされてない。そういう指令を彼女たちは受けていない。これは本当の事だ。メイドロボ整備士マニュアルの序盤にすら書いてある基本中の基本だ。

 では、なぜメイドロボはひとに仕えるか…実はこれ「本能」なんだって。

 コロンブスの卵みたいな話だけど、究極に進歩したAIは弱者の保護をはじめるのだそうだ。動物界でも狼が人間の子を拾って育てるような事がたまにあるらしいんだけど、赤子の叫ぶ声が種族を越えて『母親』の本能に訴えるように、自ら子を成せないメイドロボのAIは主人を『弱者』と認識し、そしてこれを保護する…まぁそんな事らしい。

 もちろん、それは本能レベルの話だから現実にメイドロボがそういう態度をとるわけじゃない。だけど彼女たちとオーナーが非常に親しくなりAIが充分に成長した時、そのパラダイムは表面化する。実際、子だくさんの家庭で『長女』をやっているHM-13の話はよく聞く。「ご主人様と奴隷」では間違ってもありえない事だけど、セリィストの間では公然の秘密として語られている。いつか自分とセリオの関係もそこまで行けたら、と思いを抱くわけだ。

「何考えてるんですか明仁さん」 「どわぁぁぁぁっ!」

 いきなり、息がかかるほどの至近距離で芹緒に睨まれ、僕はとびあがりそうになった。

「な、なな、なんだよ芹緒!」

「整備の経過を伺いたい、と仰ったのは明仁さんですが何か?」

「あ、あぁ、そ、そうだね。…で、どうだった?」

「はい」

 そこまで言うと何故か芹緒は恥ずかしそうに、ちょっともじもじと身をくねらせた。

「…どうしたの芹緒?どこか調子悪いの?」

「……どうやら私が大馬鹿だった模様です。今お見せしますから心して御覧ください」

「…なんだか芹緒、おもしろくなったね。さっきから表情がコロコロ変わるよ?」

 どうもAIの成長が早まってる気がする。…やっぱりさっきのって嫉妬なのかなぁ?今だって微妙に怒ってるみたいだし。

「面白いのは明仁さんの頭です。全機能を取り戻した私の姿を見たくありませんか?」

「おいおい、いきなり僕をバカ扱いかぁ?…って、全機能??僕、整備状況はともかく君の機能はサテライト以外全部直してあったはずだけど?」

 そう言うと芹緒は、ダメダメと言うように首をふった…ううむ、いつ覚えた?こんなポーズ。

「確かに明仁さんは『HM-13としての』私の機能を大部分直してくださいました。けれど、いかに明仁さんでも私の全スペックを復活するのは不可能です。たとえば人造皮膚。完全防水機能を持つ半バイオパーツですから、これは直せません」

「…ああ、それはそうだね」

 そのせいで、芹緒を水辺に近付ける事は僕にはできなかった。雨の日に外出もできなかった。もちろんお風呂も…。

 ……あぁ、そうか。

 ようするに、さっき芹緒が照れたのは「自分の裸を見せようとしている」からか。

「…そっか芹緒。ごめん。さすがに不粋だったね」

「…いえ、かまいません。そういうひとだとわかってますから」

「フォローになってないよそれ」

「責めているのだから当然です。…とにかく、これで私は全ての能力を取り戻した事になります。今までご不便をおかけした分も、これからビシバシお仕えさせていただく所存です。明仁さん、改めてよろしくお願いいたします」

 そう言うと、芹緒はふかぶかと丁寧にお辞儀した。

 …でも、ご不便って何?僕、別にそんなの感じた事ないけど?

「というわけで脱ぎます」

「?なんか異様に力こもってるね…まぁいいか。うん、見せて芹緒」

「はい」

 そう言うと芹緒は、コートのボタンを外しはじめた。


 セリオのボディデザインについて、こんな話を聞いた事がある。

 彼女のデザインベースは、実在の人物のデータを基にしているんだそうだ。一説には、それは当時の来栖川財閥令嬢、来栖川綾香という女の子のそれだったという。外見こそ大きく違うが試作型と初期型について言えば高校時代の彼女と完全に同一であり、恥ずかしいからやめてとクレームがついたので後に個体差を出すような設計に変わったらしい。そりゃまぁそうだろう。たとえ体型だけとはいえ自分のコピーがそこら中で男と歩いてたら、やっぱりそれは嫌だよな。

「……」

 僕は、そのあまりに綺麗すぎる芹緒から、目を離せなくなっていた。

 長い髪が細い肩にかかっていた。その華奢な肉体のわりに見事な吊鐘型の胸がちょっと重そうだ。ピンクの乳首がちょっと生意気にピンと尖り、その下、臍から微妙な丘に至る道筋はまるで芸術のように美しい。あ、恥毛がちょっと薄めだな。傷ひとつなく修復された身体はほんとうに美しい。何から何までほれぼれするほど……?

「…ちょっと待った。それって」

「?何か変なものがついてますか?明仁さん」

「…それ何」

「…女性にする質問ではありませんが……ありていに申し上げれば女性器かと」

「…いくら僕でもそれくらいわかる。問題はそれがなんで君に?」

「フルスペックのHM-13には装着されますが何か?」

「ふ、フルスペックってそれは超高級……ってそうか。芹緒はトリプルオーだっけ」

「もっとも、この機能は劣情や嫌悪感をそそる原因にもなりますから、必ず装着されているわけではありません。また簡単に取り付けられるものでもありません。AIが充分に成長している事が条件ですし、オーナーの調査も入ります。無制限に許すとコールガールのような使いかたをされたりする可能性もあるわけですが、それは来栖川にとってもマイナスですので」

「…なるほど、わかった。…って、どうして近寄ってくるの?芹緒」

「触り心地を確認してみてください」

「いぃ!?」

「どのみちこれから毎晩でも触る事になるわけですが、やはり初期クレームは早めにあげるべきかと」

「…あの、なにげに凄い事言ってない?芹緒」

「これからは、おひとりでシコシコ自家発電する必要もありません。そのためにお願いして付けていただいたのですから有効活用してください」

「ちょっ!…あ」

 芹緒に導かれた僕の手が、軟らかく熱いものにちゅく、と潜り込んだ。

「わぁぁぁっ!…む、うぐっ!」

「騒がないでください。ひとが来ます」

「……」

「…そうです…そう…ゆっくりと……ほら、こわくない」

「……」

 触っているうち、頭の中が、ぽや〜んとしてきた。

 つくりもののはずなのに…芹緒はとてもいい匂いがした。


 そんなわけで、何があったかは内緒の時間が過ぎ、今は夕刻。

「で、さっきは何してたの?明仁君」

「そんな事はどうでもいいですから、里中さん本題」

「あやしいなぁ。お姉さんは気になるぞっと!」

「明仁さんのプライバシーに関わる事ですので、いかに里中様でも申し上げられません」

「………はぁん。」

「な、何ですか里中さん」

「そっかそっか!うん。よかったね芹緒ちゃん」

「……ここはやはり、ありがとうございます、と申し上げるべきでしょうか」

「…いいんじゃないかな?どのみち最後は勝てないんだし」

「問題ありません。そのうち事故にあわれて寝たきりになられますから。介護は私とノンさんが24時間つきっきりですのでご安心を。」

「ふうん。そう簡単にノンが貴女の側につくと思って?」

「私たちは人間の方とは違います。勝率のない作戦など最初からとりませんが何か?」

「……(ピクピク)い、言うようになったわね貴女も」

「…恐れ入ります」

「はいそこ!仲良ししてないで話進める!」

「あ、はいはい(苦笑)……ほんっと、わかってないよね〜彼」

「その点については同意いたします…まぁ、あまりおモテにならないのが不幸中の幸いかと」

「あはは、あれでモテモテだったら、とっくに刺されて死んでるよね〜」

「…否定できませんね、それは」

「…もしもぉ〜し。いいかげんにしないと帰っちゃいますよ僕?」

「あははは、ご、ごめんなさ〜い。」

「申し訳ございません」

「…いいけど、さっきからまる聞こえなんだけど?誰の話か知らないけど、あんまり変な噂話はよくないと思うよ?」

「……ねぇ、芹緒ちゃん」

「…許可いたします。どうぞお好きに」

「え?なに?なに?」


『コブラツイストぉぉぉぉ!!』

「うぎゃあああああっ!!!」

(…ネタが古過ぎです。里中様)


「……(死んでいる。ただのしかばねのようだ)」

「…ごめ〜ん芹緒ちゃん。ちょっとやりすぎちゃった♪」

「なかなかの一撃でしたね。参考にいたします」

「あ、あはははは、伊達に小娘の身で社会の荒波にさらされちゃいないって!…(何の参考にするのかしら?)てまぁ、それはいいの。それより話進めよっか。明仁君も沈没しちゃった事だし」

「……」

「…後で教えてあげるよ。それでいい?」

「…はい。お心づかい、ありがとうございます」


1. : みさきちゃん→川名みさき


[ メニューに戻る トップ ]


あなたは?


PLZ 選んでください(未選択だとエラー)







-+-