遠い想い出

本SSは『初恋』SSのβ版です。βなのでここに置いてあります。

桜井小桃エンドのネタばれがあります。


河川敷の日溜りに、ぽかぽかと暖かい空気が漂っていた。

昨日までの雨が嘘のように空は晴れていた。昨夜の強い風が湿気もほとんど吹きとばしたのだろうか。本来湿気の多い河川敷なのだが、もともと寒い季節ということもあり湿っぽさは嘘のように少なく、むしろ完全にカラカラでないのが過ごしやすさを醸し出してすらいた。本来は冬のため照りつける陽射しもとても優しく、冷たい空気もこの場所だけは、よりそうふたりのぬくもりを根こそぎ奪い去るほどのものではなかった。

「……」

缶コーヒーをそれぞれ片手に座り、川に向かって寄り添うふたり。

ひとりは青年、いやもう少しで中年にも届こうかという男だった。オヤジというには少し若いが若者というには少し歳をとりすぎている。年齢のわりに少し疲れたふうの顔はとても穏やかで、傍らにいる相方を優しい目で包んでいた。

そばに寄り添うのは、少女。まだセーラー服が似合いそうな女の子だ。男のものらしい大きなジャンバーをコートのようにまとっているがその下は随分と華奢で小さい。同年代の女の子たちの中でも格段に小さいだろう。可愛い顔もしかりで、平日に町を歩けば補導員に咎められてしまうのは間違いなさそうな雰囲気。

女の子は大きな紙袋を抱えている。古風なその紙袋には、町にある老舗の和菓子屋の名前が印刷されていた。

「変わらないね、ここ」

「ああ、そうだね」

ぽつり、とそれだけの会話があった。

子供たちの声がする。遠くで遊んでいるようだ。ふたりはそれらには目を向けず、ただ川と河川敷をじっと見つめ続けている。

「まぁ、あの頃はこんな堤防なんてなかったし川ももっと綺麗だったけど」

「いつの話だよそれ……って、そんなことまで覚えてるの?」

男が驚いたように少女の方を見た。

「うん。せんせーと桜並木を歩いたんだぁ。……さすがに覚えてないよね?」

「ごめん」

「あはは、謝ることじゃないよ」

頭をさげる男に、少女は小さく笑った。

ちなみに、この川の護岸工事が行われたのは昭和四十年のことである。少女どころか男だってまだ生まれていないはずだし、そもそもここの桜並木が切られたのに至っては昭和三十年代前半の話になってしまう。だから少女が話しているのはそれ以前ということになる。

だが男は少女の発言を不審に思いもしなかったようだった。

「あったものがなくなってしまうって、さびしいことだよね」

男はかわりに、ぽつりとそんなことを言った。

「うん。でもいいの」

「ん?」

「……せんせーがここにいるから」

「そっか」

ふたりはふたたび、しっかりと寄り添った。

まだ冷たい風も、ふたりの間には入ってこないようだった。


喫茶店の中で、四人の男女が同席していた。

店の中にいる客は彼らだけだった。店内にはコーヒーの匂いがたちこめ、ひとのよさそうな髭面のマスターがカップを黙々と拭いている他動くものはない。四人も特に騒ぐでもなく小さい声で話し合っているだけであり、外の物音も聞こえてこないからまるで美術館のような沈黙がたれこめていた。

「しかし……なんというか途方もない話だよな」

「ま、そうよね。わたしも最初は信じられなかったもの」

三者三様にためいきをついた。

「死んだ小桃先輩と二木君が生まれ変わってきた、それだけでも信じられない話なのに……う〜ん」

かつて、美木ぽんなどと呼ばれていた女性が腕組みをした。

「だがな美木、確かにそれならば納得もいくぞ。二木があそこまで小桃先輩に固執したのだって、死んだ小桃先輩の後を追っていったのだって確かにわかる。その行動の是非は別としてだが」

「へぇ。直矢くん、やっぱりそういうとこ男の子なのねぇ」

「あのな西村」

直矢と呼ばれた男が渋い顔をする。

「いや、だって普通そう簡単に納得しないと思うけど?あの子が小桃先輩だって事実に納得するのにわたしがどれだけ大変だったか。初島に対する個人的な感情とかそういうのとは別にね。美木だってそうでしょ?」

「そうだね」

うん、と美木が頷く。

「だが事実みたいだぞ。少なくとも話の辻褄はあうしな」

「え?辻褄ってなに?直矢君?」

直矢が腕組みをした。

「どういう理屈でそうなったのかはわからないが、あの三人の間では少なくとも『生まれ変わり』は事実だったわけだ。そうだろ?」

うんうん、と頷く女ふたり。

「これはあくまで俺の推測なんだが、最初にそれを思い出したのは小桃先輩なんじゃないかと思う。きっかけは……そうだな。二木が初島に託したラブレターかもな。それがきっかけで小桃先輩は記憶を取り戻して初島に急接近していった。それもかなり積極的にね。なにしろ告白は小桃先輩からだったっていうし、当然先輩は初島にも記憶を取り戻させようとするはずだしな」

「ふーん。なんか自信ありげだね」

「推測だけどな。だって考えてみろよ。そりゃ俺たちには前世の記憶なんてないから小桃先輩の気持ちはわからないけどさ、かつて恋人同士だった片方がそれを覚えてもいないっていうのは……それ、つらいことだと思う。できることなら思い出してほしいだろ。元の鞘に戻れるかどうかは別にしても。違うかな?」

「……なるほど」

想像してしまったのだろう。ちょっと寂しげに美木がつぶやいた。

「まぁ、前後関係とかは今のとこどうでもいい。とにかく『過去』は繰り返されたわけだ。ここでのキーパーソンは初島だな。一回めは大地震。二回めは先輩の交通事故。三度め、実に70年以上の時を越えてとうとうふたりは結ばれたというわけだ」

「大地震?そんな話あったっけ?」

んん?と首をかしげる西村。直矢は笑った。

「関東大震災だよ、たぶん。もしかしたら余震の可能性もあるけどね」

「!」

あ、という声があがった。

「昔のふたり、つまり俺たちの知らない『いちばん最初の初島と小桃先輩』だけど、大正時代で、しかも東京のどこかなんだろ?だったら一番可能性の高いのがこれだ。まぁ、聞いた話の前後からの推測だけどね」

「……」

女ふたりはふたたび黙ってしまった。直矢もちょっと気まずそうに天井を見上げたが、

「でもま、どうでもいいっちゃいいことだけどな」

「え?」

訝しげに見る西村に、直矢はにやりと笑った。

「今いちばん大事なのは過去何があったってことじゃないだろ?死んだはずの二木と小桃先輩が生きていた。小桃先輩は初島と一緒にいるし、二木も留学中とはいえ元気にやってるっていうんだ。何はともあれ嬉しいことじゃないか。どうだ?」

「……でも」

複雑そうにうつむく美木に、西村も笑った。

「確かにそうね。少なくともそれは嬉しいことよ。二木だって最初はあの頃みたいにおかしくなってて初島もわたしも小桃先輩もえらい目にあっちゃったけど、あいつもようやく気持ちの整理もついてきたみたいだし」

「そっか。なら、とりあえずめでたいな」

「ええ」

三人はにこやかに笑いあった。

確かに問題は多かった。しかし、二度と戻らないはずの親しいひとたちが戻ってきたというのだ。確かにそれは喜ぶべきこと。三人の表情はあの頃の笑顔に戻りつつあった。


「さて、そんなこんなでそろそろ二人を呼んでいいかしら?」

「あ、そうだな」

「ん、りょーかい」

西村の提案にふたりが微笑んだ。やはりまだ緊張していたが。

西村はハンドバッグから携帯をとりだした。

「……あ、初島?ごめん待った?ええそう。これからふたりでこっち来てくれる?んー?あー、そのへんは自分から説明なさい。わたしはおおまかにしか伝えてないから。なに?大丈夫だって。杏の時みたいにぶっつけ本番じゃない分簡単でしょ?じゃ、待ってるから、うんうん」


(おわり)

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