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長坂ナツメの憂鬱

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「リア充爆発しる」
 つぶやくような不満気な声が漏れた。だがそれは本人の耳にすら微かであり、もちろん目の前の雑踏の中では完全にかき消され誰の耳にも入らなかった。
 ナツメの視界は人、人また人でうめつくされている。例年ならこの混雑は大混乱とドサクサ紛れの犯罪の温床にもなるのだが、今年はなぜか整然とひとが流れており、幸いにも混乱には陥っていない。だが半端でない人の量だけは減る気配もない。むしろ逆に、その流れの良さゆえに平素の数倍増しとも言われる大盛況ぶりであった。リア充うんぬんとナツメがぼやいたのはもちろんカップルや家族連れが目立つからだが、別に数が多いというわけではないだろう。それはもちろんナツメの気のせいで、単に当人が年齢イコール彼氏いない歴を絶賛更新中なのを気にしているためにすぎない。
 雑踏の中には一定間隔でいくつかの(やぐら)が立っていて、ナツメがいるのもその櫓の一つだった。そこには通常、いかにも神職という雰囲気の者がふたりずつ配置されていて、時折雑踏に声をかけたり警備を走らせたり、風の魔法で軽く群集を押して流れを整えたりしているようだ。つまり治安維持と誘導の役目を果たしているわけだが、こういう雑事にまで魔法を使っているあたりがいかにも異世界の神職であるといえよう。
 ナツメがやっているのもそういう誘導作業だった。俗にこのあたりでホワォリン、または白重(しろかさ)ねと呼ばれる一種の巫女装束をまとって。
「うー、なんでわたしがこんな事」
 思わずぼやきの声が出るが、すかさず足元から半病人のような謝罪の声があがる。
「す、すみますぇ~ん……あたしが、ま、まりょく切れなきゃあ~」
「ごめん…なさ……」
「いいから休んでなさい!」
「はぃ……」
「……」
 思わずためいきをついた。
 ナツメの足元には、同じ法衣をまとった女の子が二人ほどへたりこんでいる。疲労困憊した顔はおそらく魔力切れによるもので、青い顔をしたままナツメの下半身にすがりついている。
 それは無意識の行動だった。魔力の枯渇した人間にとって魔力の塊ともいうべきナツメはオアシスのようなもので、無意識にも身体が擦り寄ってしまう。寒さに震える人が陽だまりに引き寄せられるようなものだ。
 まぁ、ナツメはベタベタと寄り添い、添われる事じたいは嫌いではない。痛いほどの好意の押し付けともなれば辟易してしまうだろうが、子犬のように無防備に張り付いている女の子ふたりに対して嫌悪感は持たなかった。むしろ微笑ましい。
 ただし、下半身がほぼ固定されているのでやりにくい事このうえない。
「はぁ。これいつまで続くんだろ」
 眼下に広がる群衆を見て、ナツメは小さくためいきをついた。

 この世界の宗教は唯一神教団のみではない。最も古く普遍なものは精霊信仰であるが、たくさんあるわりにその垣根は曖昧だ。そもそも土俗信仰であったものが古代に起きたいくつかの王国時代に再編され、さらにそれが再発生した土俗信仰とも結びついた。ある意味その形態は日本の神道にも似ているが、その日本の神道がそうであるように、この世界の古い宗教も非常に混沌としている。生まれ、混じり、絡み、時として争い、そしてまた結びつく。人の暮らしと共にある、これこそが良くも悪くも宗教というものだ。
 さて、古い宗教の多くはその地域により、信者の生活に即した祭りをやる事が多い。たとえば農業地域なら収穫祭などだ。今回ナツメが関わったのもそういう季節のお祭りのひとつで、このあたりで広く行われている『新年祭』。文字通り暦の境い目を祝うものだ。ただその形態は日本の初詣のそれに非常に似ていて、ぞろぞろと寺院に押しかけてきて皆で一年の幸せを祈り帰るというもの。初詣と似ているどころか、ナツメが「なにそれ初詣?」と口にしたら「ハツモウデ?ふむふむ、なるほど『初詣』ですか。一年のはじめに詣でるという意味では確かに『初詣』ですね。ウンいい表現だ」と逆に寺院関係者に言われたほどに似ている。
「ふう。だいぶそれでも減ってきたかな?」
 交通整理がうまくいっている事もあり、ひどい混雑も収まりはじめると早い。太陽が真上から少し東に傾く頃には、ナツメが立っている櫓のあたりはそろそろ存在意義をなくしてきた。
 やれやれとナツメがためいきをついていると、
「はいお疲れ様。すみませんね精霊使いさま?」
「ナツメです。いやぁもう勘弁してくださいよー」
 声をかけてきた神官らしい男性が、クスクスと楽しそうに笑った。
「おかげで助かりましたよ。どこぞの強烈な魔力にあてられて新米ふたりが昏倒しかけた時には蒼白になりましたが。まぁ、精霊様のお導きなのでしょうね」
「はいはい」
 その『強烈な魔力』の発生源であるナツメは苦笑いするしかない。そして足元のふたりを見た。
「ふたりとも大丈夫?もう動けるかな?」
「!」
 声をかけられた瞬間、何かにビクついたように肩を震わせたふたり。
「あら?どうしたの?」
「えーと、あの……ナツメ様」
「?」
この子たち(・・・・・)、いったい何でしょう?」
「へ?……あー、精霊見えちゃったか。そっかぁ」
「え?」
 そっか、本当にそういう『お導き』なのかもねとナツメも苦笑いした。
「神官さん、えーと」
「キンカです。何か?」
「キンカさん。この子たち精霊見えちゃったみたい。できればちゃんと休ませて属性を見たり誘導してあげたいんですが、構いませんか?」
「おや、そうですか?それは重畳、ええもちろん大丈夫ですよ」
 そう言いつつ神官……キンカはニコニコと笑い続けている。
「えーと、キンカさん」
「はい?」
「あなた、もしかして知っててわたしに託しました?この子たち」
 呆れたようにナツメがいうと、
「否定しません。自分の精霊に反応しないので開花は無理かなと思っていましたが、ナツメ様ならもしや、とは思っておりました」
 思わずナツメはためいきをついた。
「キンカさんって獣系でしょう?この子たち、たぶん水と土だからそりゃ無理ですよぅ」
 魔力の強い者がそばにいると影響される事は確かにあるが、精霊魔法使いが覚醒するにはそれだけでは足りない。同じ属性の上位精霊なり、精霊魔法使いの側にいる精霊なりに出会わねばならないのだ。だからナツメの言葉は正しい。
 だが同時にナツメはひとつ間違えている。
「いやいやナツメさん、ひと目で属性までわかる者なんて余程の大魔導師だけですから!もしかしてナツメさんは複数属性お持ちなのですか?」
「ん、水と風と土と闇かな?今は」
「……は?」
 キンカは暫し、唖然としてナツメを見ていた。
「よ、四属性ですか……凄いですねそれは」
「あーでも、ちゃんと上位精霊様と契約したのは水と風だけですよ?そこいらへんは凡人の限界ってやつで」
「ぃゃぃゃぃゃぃゃナツメ様、その基準は何か凄くおかしいですから!」
 呼称まで『様』になってしまった。
 あたりまえである。複数属性の上位精霊と契約というのは普通じゃない。凡人どころか、ほとんど絵物語か伝説の世界の話、というのが一般的である。幸いここの寺院は違うが、宗派によってはナツメは間違いなく生き神様扱いされてしまうだろう。
 どちらかというと空気読めない子のナツメは『様』の表現に眉をしかめた。だが精霊魔法について話をはじめると相手の態度が急変するのはよくある事だし、相手に悪い印象をもたないので「問題ないだろう」と漠然と判断した。
「それよりキンカさん、あのね」
「あ、はい、ふたりを運ぶのですね。いや、ナツメ様お手ずからなさらずとも、今誰か呼びますので」
「あはは、いいのいいの。あぁその子にちょっと運んでもらうね?」
「は?その子って……え?」
「ねえ狼さん(・・・)、この子たち運ぶのちょっと手伝ってくれるかな?」
「は?……はぁ!?」
 キンカの目が点になった。
 ナツメの目線の先、そこには確かに馬ほどもある巨大な狼がいる。いる事はいるのだが。
「な、ナツメ様」
「なぁに?」
「そ、その狼は自分の精霊なのですが」
「あ、じゃあもしかして獣の上位精霊様?あいたたた、すみませーん……あ、いい?運んでくれる?あははは、失礼しちゃってごめんなさいね?でも助かります!」
「いや、そういう意味ではなくてっ!ナツメ様、獣属性お持ちでないのですよね?なぜ普通に見えるんですか?」
「……は?何か変なんですか?」
「ぃゃぃゃぃゃぃゃ変過ぎますから!」
 ぼりぼりとキンカは頭をかいた。
「はぁ、なるほどわかりました。ふむ、我らがナツメ様にお会いしたのは本当にお導きだったという事ですね?」
「はい?」
「はい、じゃありませんから!」
 キンカはコホンと咳払いをすると、ナツメを見据えて腕組みをした。
「ナツメ様。貴女、そこまでの能力をお持ちでいながら、今まで正式に精霊魔法を学んだ事が一度もおありでないのですね?」
「え?フルタイムで常時学んでますよ?だって、今ちょっとお留守ですけど水と風の上位聖霊様が常におられて」
 ふむふむとキンカはナツメの言葉に頷いた。
「いえ、精霊王様も含めてですが、上位精霊様ご自身が教えてくださる知識には偏りがあると言われているのですよ。特に複数属性の扱いなどは全く語られないのですが、これはご存知でしたか?」
「そうなんですか?」
 はい、とキンカは大きく頷いた。
「考えてください。精霊様というのは基本的にそれぞれ単一属性なんです。で、専門外の属性はそちらの専門家に託すという感覚が非常に強いのです。ですから、特に複数属性を得た場合についての情報はあまりもたないそうです。年代を経た上位精霊様ですと知識としてご存知の事もあるのですが」
「……初耳」
 ナツメにとっては青天の霹靂だった。
「キンカ様、そのお話をもう少しお伺いしても?」
 キンカはナツメの言葉に、くすくすと涼しげに笑った。
「いやだとおっしゃられてもお教えしますよ。ちょうど生徒もふたりできたところです、ふたりに精霊魔法についての講義を行いますので、是非ごいっしょにご参加ください。複数属性もちの精霊使い様が聴講なさるとなれば、皆の気合いも入るでしょうし」
「へぇ、講義ですか?もしかしてこのお寺は学校もなさっている?」
「ええ。子供たちに読み書きと簡単な算術を。あと見込みのある者にはもっと上位の学問も教えております」
「寺子屋かぁ」
「テラコヤ、ですか?」
「あ、はい。わたし界渡りなんですが、記憶にある前の世界での学校っていうのが、お寺や神社、または知識人がお師匠様となって子供たちに勉強を教えるところから始まっているんです。そういうのを古い言い回しで手習いとか寺子屋と言います」
「ああなるほど界渡りの方でしたか。ふむ、それは興味深いですね。どこの世界でも大きく変わらないという事ですかな?」
「はい、わたしも不思議に思います」
 キンカとナツメは笑い合った。

 ◆◆◆◆◆

 ナツメ・ナガサカの持っていた属性については謎の部分もある。全属性を持っていたという説もあるが、獣属性のように他属性と同時持ちを嫌うものについてはどうなっているのか謎であるし、そもそも人間がまだ知らない未知の精霊種もあるとされている。ただナツメについて共通している情報として「森にいても獣や魔物に襲われない」というものがある。これについては半精霊化しているために敵やら食料やらと見なされないからとされているが、獣精霊の恩恵に(あずか)っているからという説も根強くある。彼らがきちんと契約せずに恩恵のみを与えるというのは珍しい事であるが、獣精霊関係の専門家によれば、神話時代にはナツメのように戦闘力を全く持たない半精霊で獣の上位精霊を友としていた者の記録があり、何か特別な条件が揃えば何かしらの恩恵が与えられるのではないか、とも言われている。
 
(おわり)



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