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新しい食べ物

 西日本において納豆は新しい食べ物である。
 よくお雑煮に例えられるが、西日本と東日本では随分と食文化が違う。納豆はその最たるもののひとつであるが、単純に西だ東だと分類できない。細かく地域によっていろいろあるのもやはりお雑煮に例えられる。西では赤出汁に丸餅とされるが、たとえばとある地域では赤出汁に角餅が普通であるという風に。そして家々や村単位ですらまた微妙に違っていた。
「……」
 そんなある日、彼女はパックいりの納豆を前に悩んでいた。
 異様な臭気を発する平べったく四角い箱。食べ物がいい匂いを発するというのは料理をしないものの戯言であり、食材レベルでは鼻を摘んで逃げ出したくなるような代物も世の中には結構ある。納豆はむしろまともな例ではあるのだが、それにしても外観がすさまじい。どう料理すればよいものか彼女も随分と悩んでいた。
 実は既に失敗している。本で読みテレビで見た通りに温かいご飯とあわせてみたが結果は大失敗。あまりの臭気に食欲が全く湧かなかったのである。
「んー、やってみるしかないか」
 彼女は、準備していた挽肉とモヤシに手をかけた。
 
 今回のアイデアは、大陸帰りの親戚の発案による。満州で苦労してきたその親戚は和食にない料理の面白いアイデアをいくつか持っており、それが彼女の料理に反映されていた。もとより好奇心旺盛で研究熱心な彼女はなんでもトライする。後に還暦過ぎた身ではじめてコントローラを握り、スーパードンキーコングをコンプリートするまでやりこんだ事もある。なんでもやるならとことんやる性格なのである。
 閑話休題。
「うわ……すごい臭い…」
 料理するのはいいが、臭気のあるものを加熱するとどうなるか。当然だが凄まじい勢いで匂いが飛んだ。
 くさやの干物を料理するのを考えてほしい。カレーは美味いがあれが汚物臭を発していたら食欲が湧くものだろうか。その種の凄まじい臭気がそこら中にたちこめた。
 だが彼女は経験で知っていた。この感触は悪くないと。
 しばし後、できあがった納豆料理は「炒め物」だった。ネギや挽肉と一緒に炒めた。土佐の皿鉢料理の大皿を用意。刻んだ白菜とモヤシをサッと茹で大皿の上に絨毯のように広げた。そのうえに炒めた納豆料理を展開。納豆だけだと濃厚すぎるのであっさりしたモヤシと一緒に食べてくれというわけである。
 その夜、納豆なんぞ食えんと嘆いていたはずの夫は新料理に驚き舌鼓を打った。彼女はにんまりと笑い、内心で勝ちどきをあげた。
 
 (2005/6/9)



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