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祭りと星空

 のんびりと平和。そんな言葉が似合う午後だった。
 遠くから、さんざめく子供たちの声。大人たちの声もする。賑やかな音楽もどこかから響き、街が活況を呈しているのがわかる。
 う〜ん、ほんとに平和。世はすべてこともなし。
 こともなし、なのだが。
「…」
 カッカッカッと階段を駆け登る音がする。あ〜きたきた。
 かん、かん、かんでないのが笑える。あいつ絶対歩かないんだよな〜ここの階段。
「メイ!おまえまだこんなとこに居たのかよ!」
 いきなりドアを開け放ったかと思うと第一声がそれだ。あぁだるい。
「うっさいわねもう。行けばいいじゃない行けば。あたしは嫌」
 お祭りに行くのは嫌。
 雰囲気は嫌いじゃない。だけどお祭りに行くのは嫌。いつもいつもそう言って断ってるのにこのとんちきときたら、
「だーうっせえ!とにかく来いってんだよおまえは。たまの祭りなんだぞ?出かけなきゃ損だろうが」
 なんだってこいつはいつもこうなんだ。あぁもう!
「人混みが嫌い、寂しいから嫌い、だるいから嫌い。別にいいじゃない、あんたが嫌いってわけじゃないんだから!」
「んなこと言ってんじゃねえんだよバカ!」
「馬鹿はどっちよ落ちこぼれ!」
「うるせぇ引き籠り!花の命は短くてってなぁ、そんなに本好きならババアになってから好きなだけ読みやがれ!」
「行かないっつってんでしょお?ってこら放せ馬鹿!」
 強引に腕を掴まれた。
 こうなるとあたしにはどうしようもない。あたしとこいつではそも、基本構造が違いすぎる。抵抗するだけ無駄だ。
「よし行くぞメイ。祭りにゴーだ」
「…へいへい」
 仕方なく、あたしは答えた。

 こいつにも言ったけど祭りは嫌いじゃない。むしろ好きだったし今も好きだ。それは確かなんだ。
 でもね、ちょっとばかり祭りには嫌な思い出がある。それに人混みが苦手なのも事実。だから祭りは見るに限るわけで、中に入ろうなんてあたしは思わない。
 そんなあたしなのだが、
「あんたねえ、恥ずかしいからこれやめろっつったでしょ?」
 確かに二人の体格差は決定的。だからって肩に乗せることはないでしょうが。
 見れば、同じように肩に乗せられてる奴がちらほらいる。言うまでもないが全部子供だ。
 なんか子供たちに手をふられる。思わず振り返してしまう。
 はぁ……あたしゃ子供かい。
 気づけば、下にニヤニヤ笑う馬鹿者の顔。踵(かかと)で蹴ってやった。
「あいたたた…さて腹減ってないかメイ。なんか食うか」
「…嫌いなもん買ったら承知しないわよ」
「嫌いなもんなんておまえにあるのか?」
「……」
 自慢じゃないが、あたしは好き嫌いなんてない。食べ物に関しては。
 それにしても賑やかだ。
 透明の天幕に星々のきらめきがある。神秘の輝きを天に。
 眼下には人々の喧騒がある。生ける喜びを大地に。
 時代が変わろうとひとが変わろうと、これだけは変わらない祭の姿。
 合祭(ごうまつり)。ここいらで最も古く由緒正しい祭だ。
「ねえヨシ」
「ん?」
 下で馬鹿面が応える。
「あれ食べたい。買って」
 あたしは屋台のひとつを指さした。焼きそば屋だ。
「おう、いいぞ。…やっと食欲が湧いたか。いいことだ」
「一言余計なのよあんた」
 のしのしと歩いていくヨシ。
「おっさん、三つくれ」
「あいよ」
 三本指をたてるヨシ。店員らしい爺さんがカタコトで答え、焼きそばのパックを三つ積み上げる。
「はいよ三つ。箸かフォークか?」
「俺はフォーク。メイは箸だな」
 もちろん。焼きそばをフォークで食べるなんて下品にも程があるわ。
 代金を払うヨシを横目に、ふとあたしは爺さんを見た。
 渋い爺さんだ。最近は若作りの技術も発達してるってのに、爺さんは本当にしわしわの爺さんしてる。お孫さんかな、長髪の美女がスカーフ姿で横にいたり。
 大きなバイザーで目を隠してるのがちょっと面白い。美女もお揃いのやつをしてる。あは、なんかペアルックみたい。
「ん?何かなお嬢さん」
「お爺さん…変なこと聞くけど目が悪い?それって視覚補助用でしょ?」
「ん?そうじゃが?」
 爺さんは怪訝そうにあたしを見た。
「ああ、これは後遺症なんじゃよ。昔の戦争で神経を傷めてな」
「あ、そっか。変なこと尋いてごめんなさい」
「いや、いいんじゃよ。見ての通り孫が真似をするのでな、本当は別のものにするか手術したほうがいいんじゃろうが…甲斐性なしって奴は生涯変わらんもんじゃのう。わっははは」
「ふふ」
 変なお爺さんだなあ。ま、昔話を延々されるよりはいいか。
「あれ?」
 ヨシが受け取ってる焼きそば。三つじゃなくて四つだ。どうして?
「ひとつはサービスです。守備隊員さんご苦労さまです」
 美女がすまし顔で言う。ちょっとまて。まさかこいつヨシに色目を
「わ、すまねえな。でもいいのかい?」
「かまわんよ坊主。これでもわしはOBじゃからな」
 爺さんが横から口を挟んだ。
「娘さん」
「はい?」
「守備隊員にゃ惚れるななんて歌もある通り危険の多い職業じゃ。だからこそ娘さんのような存在はありがたいもの。
 ふたりとも仲良く、気長にな」
「……はぁ」
 ヨシはなんだか毒気を抜かれた顔をしていた。あたしも同じ顔をしてたろう。

 祭を一通りまわり、あたしたちは部屋に戻ってきた。
 まだ喧騒は続いている。でも長時間はあたしの身体が保たない。あたしの口数が減ったのに気づいたヨシはすぐ部屋に戻ってくれた。
 こいつ、こういうとこはマメマメしいんだよなあ。
「ん〜、やっぱり喧騒はこうして聞くのがいいわ。和む」
「…おまえね」
 やれやれとヨシは肩をすくめた。
「それにしても、合祭なんていわれても実感ないわねえ。夜空が何か変わるってわけでもないし」
「そりゃそうだ。地球との合(ごう)だからな」
 まあね。火星からじゃ地球なんてそう大きくは見えないか。
「あー、でも見てみたいなぁ。地球なんて写真でしか見たことないもんね。綺麗なのかなぁ…」
 望遠鏡でもいい。直接この目で見られたら、どれだけいいだろう。
「…夢を破るようで悪いが地球は灰色だぞ。汚染でな。
 昔の飛行士が見たらしい『青い地球』は、もう今じゃ幻だ」
「ふ〜ん…あんたは見たことあるんだっけ。地球」
「当然。守備隊員だからな俺」
 なんか腹立つなあ。こんな脳味噌ピンク野郎が地球見られて、あたしがダメってわけ?どうして?
 ん、よし決めた。
「……ふ〜ん。ねえヨシ」
「ダメ」
「まだ何も言ってないでしょ」
「どう言い訳つけておまえを船に乗せるんだよ。無理だ」
「できないわけないでしょお?あんたが守備隊試験に合格するよりずっと簡単じゃない」
「…おまえね、かりにも現職の火星守備隊員だぞ俺。なんつー言いぐさなんだか」
「いいじゃない連れてきなさいよ。ジャンプポート行けば一発でしょうが」
「個人認証があんだよ!一発でバレるだろうが!」
「あんたの責任で乗せてくれればいーじゃない。あたしは巻き込まれた善意の第三者ということで」
「おまえねぇ…」
 コーヒー飲みたいと思った。ポットの中を調べた。
「ん、空だわ。ねえヨシ、コーヒーいれるけどあんた要(い)る?」
「おまえ、ひとの話を聞きなさいって」
「あははは。あんたよりは聞いてると思うけど。ん、モカね。わかった」
「ぜんっっぜん聞いてねえんだよおまえはっ!てーかいつ俺がモカだっつったよ!」
「違うの?」
「……あ、いやモカでいい」
「砂糖ふたつ?だめだめ、それ以上馬鹿になってどうすんの。ひとつで十分」
「何も言ってねえだろ俺はっ!」
「いらないの?それともふたついれる?」
「……いる。ひとつでいい」
「ほら見なさい」
 何年あんたとつきあってると思うのよ。いくらあたしが天然よばわりされてるからって、そこまでお馬鹿じゃないわよ。
 水パックの中身をポットにぶちまけ、電源を入れた。
「ねえヨシ」
「ん?なんだもうヤるのか。好きだなおまえ」
「んなこと聞いてないっ!」
 世の中ってやつには謎が多い。
 とっくに滅びた星、地球。そんな星と近付いたからってどうして祭をする必要があるんだろう。あたしはそれを両親に尋ねたことがある。
 両親は言った。ひととは郷愁に生きるものだと。
 失ったもの。失ったひと。そうしたものへの想い。それがひとを駆り立てる。それが「にんげん」なんだと。
 そんなものなのかな。ヨシは半分人間だっけ。今度聞いてみようか。
 窓から外を見る。
 ユートピアドームの透明な天幕は、町で見た時と変わらぬ星空だった。

das ende.



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