テスト

・ANA介護割
・戸籍謄本
・被介護保険証

ツンダークの裏側にて。

 少し前にサービス終了した大作VRMMO『ツンダーク』。  ただしこの作品はいろいろなところにナゾの物議をもたらした作品でもあったのであった……。

 ◆ ◆ ◆ ◆

「すまないが別れてくれ」 「え?」  男の唐突なセリフに、対面に座っていた女は目を点にした。 「二度は言わない。別れてくれ」 「ちょっと待って、どういうこと?なんで唐突にそんなこと」 「……俺から言ってほしいのか?」 「え?」 「別に君を責めるつもりはないんだけどね。物証はないし、最低野郎なのは俺も同じだろうしな。  ……けど、俺はもう君と一緒にはいられないよ。君だけでなく、君の友人たちともね」 「あの、何を言ってるの?」 「……プレイヤー名『ピーたん369』」 「!?」  女の顔が一瞬、ひきつったのを男は見逃さなかった。 「なるほどね……やっぱ俺、正真正銘のマヌケだわ」  タハーと頭を抱えた男に、女は言葉を続けようとした。  だがその瞬間、男の顔に思わず息をのんだ。  なぜか?  マヌケな態度と裏腹に、すさまじいばかりの敵意で女を睨みつけていたからだ。   「えっとあの、」 「俺があいつをツンダークの中で探してること、|おまえら(・・・・)知ってたよな……そして目の前にその当人がいるのも知ってた。  楽しかったか?楽しかったんだろうな。  知ってたうえで、ずっと俺らのこと、指さして笑ってみてたんだもんな。おまえら」  男はためいきをついた。 「ああそうそう、知ってるか?  あいつ、ずっと昏睡状態で目覚めなかったんだけどよ、それが目覚めたんだぜ」 「……」 「ああそうそう、言ってなかったことがあったな。  あいつはガキの頃、すんげー元気なやつでさ、俺は昔、あいつを男だと思ってたんだ。親友だったんだぜ。  というか、今でもそう思ってる。  いろいろあったけど、そもそも女がどうの以前に、あいつは俺の一番古い友達なんだ」    そういうと、男は目の前の女を完全に敵をみる目で見た。  もはや怒りですらなかった。  その寒々しい目に、今度こそ女は蒼白になった。   「よくも俺のダチをさんざコケにしやがったな。──二度と|面(ツラ)ぁ見せンな」 「っ!!」  女は恐怖に顔をひきつらせるとたちあがった。  腰を抜かしていないだけ大したものだった。  そしてそのまま、逃げるように立ち去って行った。

 ◆ ◆ ◆ ◆

「もう、そんな驚かしたらかわいそうだよ。友達だったんじゃないの?」 「裏でこっちの足ひっぱって、指さして嘲笑ってるやつがダチか?冗談じゃないね」 「あー、まぁそれもそっかぁ」 「おい、おまえこそ被害者なんだぞ。いいのかそれで?」 「いや、わたしはターくんいればそれでいいし……ターくん?」 「お、おう」  病院のベッドで微笑む娘は、なぜか楽し気に笑うだけだった。  むしろ男の方が不意打ちに口ごもり、女はまた笑った。 「しっかしよう、こんなガリガリになっちまって……少しは食えるようになったか?」 「しんどい。ごはんが入んない」 「あー、無理して食うなよ、胃が受け付けねえぞ」 「あはは、お医者さんと同じこと言ってる」 「それくらい俺でもわかるわ……で、今日の昼はどうだった?食えたか?」 「二分の一かな?」 「二分の一か。ま、あわてずにいこうや」 「うん!」  衰弱の跡が痛々しい女は、たしかに病院食すら完食できそうな雰囲気ではなかった。  しかし表情は穏やかで、特に男を見る目は喜びと安らぎに満ちていた。 「それよりゲームは?」 「VRのことか?」 「うん」 「まず、その前に回復しろ。話はそれからだ」 「はぁい」 「そういやVR空間でリハビリすんだろ?俺もつきあうぞ」  ゲーム『ツンダーク』は世間に大きな影響を与えた。そのひとつがVR空間の安価な多方面への利用だ。  たとえば、在宅勤務でありながら、まるで出勤しているかのように仕事ができたり。  窓のない閉鎖的なオフィスの窓を仮想空間の大自然につないでみたり。    つまり彼らがゲームといっているのは単なる遊びではない。  今後に向けての準備という意味も含んでいた。 「……そういや、一応いっとくが」 「?」  男は恥ずかしそうにポリポリと頬をかいた。 「アレ、撤回するなら今のうちだぞ?」 「え、なにを?」 「今回のことでよ。仁科おばさんもうちのばばあも、俺らをその、一緒にしたがってるというか」 「あ、うん。知ってるよ。それで?」 「それでって、おまえはいいのか?」 「あはは、それ、わたしのセリフかな。いいの?」 「……あー、うん、俺は別に、うん」 「あはは……わたしもだよ、うん」 「そっか」 「うん」  いかにもグレてますって雰囲気の男と、がりがりにやせ衰えてはいるものの、おそらく本来はかわいいだろう女の子。  お互いに真っ赤になっている。初々しい雰囲気。  周囲の者は、ほっこりとそんな彼らを見ているのだった。        ◆ ◆ ◆ ◆        |仁科真(にしま・まこと)。それが女の名前だった。  名前とボーイッシュな容姿に性格のおかげで、小さい時には少年と間違われることも多かった。  そんな彼女と特に仲良くなったのが、お隣の内気な少年、ターくんこと|多田泰介(ただ・たいすけ)。  まことは泰介をたびたび連れ出して、一緒に遊んだ。  例によって男の子と間違われていたが、かわりに悪友になった。泥だらけになって遊び惚けたものだ。    そんなふたりの関係が途切れたのは、とある事件から、まことを女の子だと泰介が知ってしまったからだ。  いや、その前から、股間にアレがついてないことから気づいてはいたのだけど──幼すぎて意識などしてなかった。  その反動か、ある事件で急に意識してしまったのだった。    ただ、まことの方はそうは思わず、元気になった泰介には女の自分は退屈になってしまったのだろうと思っていた。  その頃には、泰介は元気を通り越して、やんちゃな方面に足を踏み入れつつあったから。  ふたりはそれっきり、だんだんとすれ違い、疎遠になってしまった……ふたりの意思に反して。    そして、ツンダークで奇跡の再会を果たしたのだが……ふたりより先に、泰介にむらがる女たちが事情に先に気づいてしまった。  関係性が小さい頃のままのまことは、女として「わたしがまことです」と言うことができなかった。  少年の方も、まこととの再会を強く望みながらも、目の前のプレイヤーの中のひとがまことであると気づけなかった。  そんな状況を女たちは影でネタにして冷笑し、さんざんおもちゃにして笑いものにした。  やがて彼女らはまことに対し、少年に隠れてパシリ扱いしたり、好き放題のイジメすらもはじめたのだった。    そしてサービス最終日。  女たちに背中から突き飛ばされ、まことは巨大なモンスター植物に飲み込まれながら死亡した。  まずいことに、このタイミングでサービス終了になってしまったことが災いした。  ツンダークでは珍しい重大バグ『魔の30秒』。  まことはゲームの中に、意識だけが閉じ込められてしまったのだ……気づいた弓使いの少女に助けられるまで。      さて。  昏睡状態のまことが起きて、そして何とか元サヤに収まったふたりだけど、男の方には気になる点があったようだ。 「そういや、先日無断外出したって?」 「あー、それは。ごめんなさい」 「いや、怒るのは先生やらおばさんたちの仕事だろ。  そんなことより、いったい何やった?おまえ理由もなくそんなことしねえだろ?」 「……ばれた?」 「まぁな、で、なんだったんだ?」 「ああうん、そっちはごめん、非常事態だったの」 「非常事態?」 「えっとねターくん、ツンダークでフレンドしてた人の中に、リアルを知ってる人がいたの。  それで回復しましたって連絡しようとしたけど全然連絡つかなくて困ってたんだけど。  どうしても気になったから先生に相談したけどダメっていわれてね」 「心配だとしても一人で行くなよ。というか次からは俺を巻き込め、いいな?」 「ごめんなさぁい……するなとは言わないの?」 「ん?それで止まるのか?」 「やだ」 「だろ?」 「あはは」  男の態度には、女への古い信頼がうかがえた。 「で、どうだった?」 「おうちに行ってみてビックリしたよ……そんな人いないって言われてね。何がおきたのかわかんなかったよ」 「なんだそりゃ。……別の人の家と間違えたんじゃないか?」 「昔から知ってる人だし、まちがえるわけないよ。  ……それにね、実家の人たちには初めて会ったけど、実は、おばあちゃん──彼女の曾祖母の人は前にも会っててね」 「え、そうなのか?」 「あ、なにその顔。  わたしツンダークでやってたのって、ターくんのチームにいただけじゃないんだからね?他のこともしてたよ?  友達と交流だってしてたんだから!」 「はいはい、そりゃそうだろうよ。で?」 「それで歓迎してくれたのよ。久しぶりじゃなぁ、ミミは元気にしとるかいっていわれたよ。  あ、ミミさんっていうのはプレイヤー名ね」 「なるほど、そのばあさんだけは、ひ孫の友達って意味でおまえを知ってたと。……しかしまた、なんでそんなことに?」 「わたしも不思議に思ったけど、おばあちゃんが教えてくれたよ。  あのね、おばあちゃんが言うには、それは神様のしわざなんだって。  神様が大切な存在をつれていく時、おかしな問題が起きないように配慮するんだって」 「……最初から居なかったようにすることが、配慮?」 「ミミさん、おばあちゃん以外とは話もしない状態だったって。ずっと長いこと」 「……」 「おばあちゃんが言うにはね、おばあちゃんだけが覚えているのは、ミミさんもおばあちゃんも神様に仕える人だからだって。  ミミさんの家は廃業した古い神社の家系でね、おばあちゃんも元巫女だし、ミミさんも見習いだったんだって。  でも、ツンダークにいくようになったミミちゃんは、明らかに、よその神様の巫女さんになったのがわかったって。  ……だから、いつかお別れがくるのは知ってたって」 「なるほどな……けどそれっていいのか?」 「え?」 「つまり、ひとが行方不明になってんだろ?それも『いなくなった』ことになってる?」 「うん、でも仕方ないよ」 「仕方ない?」 「あのね」  まことは苦笑すると続けた。 「わたしも、本当は何も知らずにサービスを終えて、ミミさんたちのことも『知らない』人になるはずだったの。  ただ、わたしは偶然にも向こうに取り残されてたから、その枠から外れてて、それで覚えてる──ただそれだけなの」  そういうと、まことはお茶を少し飲んで喉を潤した。 「あのひとたちは──つまり、移住者なの。  ゲームの世界の向こうにあった、ほんとうの別の世界に引っ越しちゃったんだと思う」 「移住者、か……つまり、あのウワサは本当だったってことか」 「ウワサ?」 「ツンダークってのは異世界と接続する壮大な実験で、ネットの向こうは異世界だったって話さ」  ふうっと、男はためいきをついた。 「ふふ、ターくんは信じられない?」 「半信半疑ではあるけど、まことが経験したんだろ?そういうこともあるのかな、とは思うね」 「ふふふ」  なぜか、まことは意味ありげに笑った。 「なんだまこと?」 「なんでもないの、それよりターくん、今、お仕事どうしてるんだっけ?」 「あー実は雇い止めになっちまってな」 「そうなんだ。あのね、実はVR使ったお仕事の話があるんだけど。一緒にやらない?」 「ほほう?詳しく」        ◆ ◆ ◆ ◆        このふたりがそのあと、どうなったかはよくわかっていない。  ただ少しだけわかってることがあるので、最後にそれをかいておこう。      ふたりは結婚し、やがて小さな一軒家に住んだ。  その部屋にはVRマシンが二台並べられていて、ふたりは仮想空間を使った仕事をしていたという……が、秘匿事項の多い仕事だったようで、友人知人の誰も内容を知らなかった。  ひとりだけ話を聞いた者は「昔あったネトゲの縁でね、運営側のお仕事もらってる」という事だったか。  それがどこの会社だったのか?  くわしいことは結局、誰も知ることがなかった。    彼らは子供も孫もたくさん生まれた。  だけど、その中の誰ひとりとして、ふたりの最後を見ていない。  ある日、曾孫が訪ねていくと、そこには家も何もなくて。  しかも彼らは驚いたものの、なぜか捜索依頼も出すことなかった。  彼らは「ふたりが行ってしまった」と寂しげに語り、小さなお墓のような祠を自分たちの墓地の片隅にたてたという。


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